研究課題
生殖細胞系列で転移と増殖を繰り返すレトロトランスポゾンは、生命の次世代継承にとって脅威である。非コード小分子RNA(piRNA)とPIWIタンパク質の複合体は、配列情報と相補的なレトロトランスポゾンを抑制し、ゲノムの恒常性を維持している。ショウジョウバエPIWIタンパク質のうち核に局在するPiwi-piRNA複合体は、標的トランスポゾン周辺にH3K9me3修飾やリンカーヒストンH1を特徴とするヘテロクロマチン構造を形成し、トランスポゾンの転写反応を抑制していることが知られている。しかし、その転写反応の抑制機構の詳細はわかっていない。そこで、Piwi-piRNA複合体の相互作用因子のひとつPanoramix(Panx)に着目した。これまで明らかとなっているPiwi-piRNA複合体の相互作用因子のうちPanxは最下流の因子であると考えられている(Yu et al., Science, 2015)。Panxに対するモノクローナル抗体を作製し、これを用いた免疫沈降により新たにNuclear export factor 2 (Nxf2)がPanxおよびPiwiと複合体を形成することを明らかにした。Nxf2は卵巣特異的に発現し、RNA核外輸送因子Nxf1と類似したドメイン構造をもつことが知られているが、その機能は未知である。ショウジョウバエ個体の解析結果から、Nxf2がPiwiと同様に不妊の原因遺伝子であることを見出した。さらに、培養細胞を用いたNxf2ノックダウン条件下でのRNA-seqおよびChIP-seq解析により、Nxf2はPiwi-piRNA経路でH3K9me3修飾を制御し、標的トランスポゾンを抑制することがわかってきた。現在、レポーター遺伝子を用いた解析により、Nxf2による標的遺伝子の転写抑制機構の解明を進めている。
1: 当初の計画以上に進展している
Piwi-piRNA経路によるトランスポゾン抑制のかなめと考えられるPanxに対してウェスタンブロッティング法と免疫沈降法が可能なモノクローナル抗体を作製した。ショウジョウバエ卵巣体細胞由来の培養細胞であるOSCを試料に、免疫沈降法により精製したPanx複合体をSDS-PAGEに展開し、銀染色により検出されたタンパク質を質量分析によって同定した。その結果、Piwiの他に新規Panx相互作用因子としてNxf2を同定した。Nxf2に対するモノクローナル抗体も作製し、免疫沈降法とウェスタンブロッティング法によりPanxとNxf2の相互作用を確認した。培養細胞OSCにおいて、Nxf2をノックダウン(KD)するとトランスポゾンの脱抑制が観察された。RNA-seq法を用いた網羅的解析によりNxf2-KDとPanx-KDで脱抑制されるトランスポゾンの種類と程度は同じであることがわかった。また、piRNAと相補的なトランスポゾンが脱抑制されることから、Nxf2とPanxはPiwi-piRNA経路の過程でトランスポゾン抑制に関与していることが強く示唆された。興味深いことにNxf2-KDによりPanxタンパク質の発現量も減少し、Panx-KDによりNxf2タンパク質の発現量も低下した。一方でRNAレベルでは互いに干渉しなかったことから、Nxf2-Panxの相互作用は互いのタンパク質安定性に重要であることが明らかとなった。Nxf2に対するshRNAを卵巣特異的に発現するショウジョウバエを用いた解析から、卵巣内においてもNxf2-KD条件下ではPanxタンパク質の発現量が減少することがわかった。また、Nxf2-KD条件下で産生された卵はふ化することがなかったことから、Piwiと同様にNxf2は不妊の原因遺伝子であることが明らかとなった。
これまでの解析から、Nxf2はPanxとともにPiwi-piRNA経路においてトランスポゾン周辺にヘテロクロマチンを形成し、転写抑制に関与していることが明らかとなってきた。しかし、Nxf2-Panxがどのようにヘテロクロマチン関連因子をトランスポゾン上へリクルートしているかについてはわかっていない。その分子メカニズムを明らかとするため、ラムダファージ由来のラムダNタンパク質とboxB RNAの相互作用を用いた人工係留レポーターシステムを構築した。ユビキチン遺伝子プロモーターによって転写されるルシフェラーゼ遺伝子をレポーターとし、組み込んだイントロンへboxB配列を挿入する。ラムダNタンパク質を融合したNxf2はルシフェラーゼmRNAへ強制的に係留される。このレポーター遺伝子を培養細胞OSCのゲノムに挿入させた細胞株を樹立した。現在までにラムダNタンパク質を融合したNxf2はルシフェーラーゼ遺伝子の転写を抑制することがわかっている。今後、ChIP法を用いてレポーター遺伝子上に形成されるヘテロクロマチンの性状変化(H3K9me3、H3K4me3、リンカーヒストンH1、HP1a)や転写抑制変化の時間経過を詳細に検討する。また、これまでにPiwi-piRNA経路で転写抑制に関与していることがわかっているGtsf1やMael、H3K9メチル化酵素Eggless、H3K4脱メチル化酵素(LSD1)との相関関係を検討する。RNA polymerase II相互作用因子として報告されトランスポゾンの転写に関わるPAF1やRTF1への干渉についても検討する。さらに、係留されたNxf2に相互作用するタンパク質の同定を進めることで、転写抑制の新規分子実体の解明を試みる。
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Cell stem cell
巻: 23(3) ページ: 382-395
https://doi.org/10.1016/j.stem.2018.07.001
http://siomilab.med.keio.ac.jp