がんの浸潤・転移は、がんによる死亡原因の約90%を占めることから、がんの浸潤・転移の制御機構を解明することは、がんの征圧に向けた重要なステップであ るものの、その解明は現在のところ十分ではない。申請者は、がん細胞と正常細胞の相互作用に着目し、ヒト前立腺がん由来LNCaP細胞と前立腺間質細胞を新規 に独自開発した混合培養系で培養し、両細胞の接触によってがん細胞での発現が変化する遺伝子のスクリーニングを行った。その結果、発現が亢進する遺伝子の 一つとしてEpithelial membrane protein 1(EMP1)を同定した。LNCaP細胞にEMP1を過剰発現させると、がんの浸潤・転移と密接に関連する細胞運動が亢進すること、このEMP1過剰発現LNCaP細胞を免疫不全マウスの前立腺に移植すると、親株LNCaP細胞を移植した場合と比較してリンパ節や肺への転移が有意に増加した。またヒト前立腺がん患者においても、高グリーソンスコアで転移能の高い前立腺がん組織で、EMP1発現が上昇していた。次に、EMP1の細胞内領域に結合する分子Copine-IIIを質量分析により同定した。EMP1はCopine-IIIと結合することで、チロシンリン酸化分子Srcを活性化し、Srcは低分子量Gタンパ ク質Rac1の活性化因子Vav2を活性化した。これらのシグナル伝達により最終的に、Rac1が活性化することで細胞運動が亢進することを明らかにした。同様のシグナル伝達機構は、大腸がんCaco-2細胞や乳がんMCF-7細胞にEMP1が過剰発現した場合でも見られたことからEMP1は様々ながんにおいて浸潤・転移シグナルを細胞内に伝達していることが分かった。
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