研究課題
本研究では、癌細胞における慢性炎症因子と癌代謝変容機構の関連解析を行い、癌細胞の代謝変容を標的とした新規癌浸潤・転移抑制法開発の基盤研究を行うことを目的としている。ヒト肺癌(大細胞癌)細胞株H460にANGPTL2を発現する細胞株(H460/ANGPTL2)を樹立し、フラックスアナライザーを用いて解析したところ、ANGPTL2を発現していないコントロール株(H460/control)と比較してOCR/ECAR比が低く解糖系が亢進していることを見出した。また、H460/ANGPTL2はH460/controlと比較してグルコースの細胞内取り込みに関与するGLUT3の発現が上昇していることを見出した。さらに、ヒト肺癌(腺癌)細胞株A549においてもANGPTL2発現株(A549/ANGPTL2)を樹立し、GLUT3の発現を比較した結果、A549/ANGPTL2はコントロール株と比較してGLUT3の発現が亢進していた。また、グルコースを取り込んだ後の代謝に関連する酵素の発現もH460/ANGPTL2とH460/controlとで検討したが、それらについては大きな違いは認めなかった。以上の結果から、ANGPTL2発現株では主にGLUT3の発現が亢進し代謝が変容している可能性を考えた。また、GLUT3の発現を亢進させるメカニズムとして、今回はc-Mycに着目し解析を行った。ANGPTL2を発現するH460/ANGPTL2、A549/ANGPTL2でのc-Mycの発現を検討した結果、A549/ANGPTL2ではコントロール株と比較してc-Mycの発現がやや亢進したが、H460/ANGPTL2では発現の違いは見られなかった。以上の結果より、ANGPTL2によってGLUT3の発現が亢進するメカニズムは、c-Myc以外の経路である可能性を考えた。今後は他の経路について検討を行う予定である。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、ヒト肺癌細胞株を用いて癌細胞におけるANGPTL2の発現がGLUT3の発現を介して解糖系を亢進させ、癌代謝を変容させるメカニズム解明を行ってきた。また、以前行ったH460/ANGPTL2とH460/controlの高速シーケンスデータの再解析を行い、その結果においてもANGPTL2発現株ではGLUT3の発現が有意に上昇していることを確認した。H460のみならずA549のANGPTL2発現株でもGLUT3の発現が上昇していたことより、肺癌細胞におけるANGPTL2の発現はGLUT3の発現を上昇させることが考えられた。次にH460/ANGPTL2とH460/controlにおいて、解糖系の律速酵素であるヘキソキナーゼ、ホスホフルクトキナーゼ、ピルビン酸キナーゼの発現について検討した。これらの酵素の発現に関しては、両者の細胞間で大きな違いは認めなかった。以上の結果より、H460/ANGPTL2にて解糖系が亢進している原因としては、GLUT3の発現亢進による可能性が最も考えられた。また、GLUT3の誘導メカニズムとしてc-Mycに着目しさらなる解析を行った。A549/ANGPTL2では、c-Mycの発現がコントロール株と比較してやや増強していることを見出した。一方、H460/ANGPTL2ではコントロール株と比較してc-Mycの発現増強がみられなかった。以上の結果より、ANGPTL2発現株におけるGLUT3の発現制御はc-Myc経路がメインではない可能性が考えられた。現在、c-Myc以外の因子によるGLUT3制御に関して解析を進めている。本年度は、細胞における解糖系関連の解析が順調に進み、GLUT3の発現制御に関しても新たな知見が得られたため、予定どおり進展していると考えられる。
本年度の研究によって、ANGPTL2発現肺癌細胞はGLUT3の発現を介して解糖系が亢進していることが明らかとなった。また、GLUT3の制御に関してはc-Myc以外の因子が関与している可能性が考えられた。GLUT3の制御に関しては、p53やHIF1αなどが関与していることが既に報告されているため、次年度ではそれらの因子の関与についても解析を行う予定である。また、H460/ANGPTL2は以前解析した結果より、上皮間葉移行(EMT)に関連する因子の発現が亢進していることが明らかとなっている。本年度では、ANGPTL2によって誘導されるEMT制御因子がGLUT3の発現制御に関与するかどうか予備解析を行った。次年度には、それらの因子のさらなる解析を進め、EMT制御に関与する因子がGLUT3の発現制御に関与しているかどうか明らかにする。また、Hippo経路にも着目して解析を行う。近年YAP/TAZによってGLUT3が制御されていることが報告されており、ANGPTL2の発現によってYAP/TAZの発現がどのように変化するか解析する。ANGPTL2はこれまでにインテグリンα5β1を介して下流シグナルが活性化することが明らかとなっているが、GLUT3の誘導にインテグリンα5β1が関与しているかどうか明らかではない。そのため、インテグリンα5β1ノックダウン細胞株を樹立し、GLUT3の発現を検討する。さらに、GLUT3のノックダウンによって、癌細胞の代謝、悪性度(浸潤能、運動能、生存能)への影響についても解析する。一方、最近申請者は不知火菊に含まれる天然生薬成分がANGPTL2の発現を抑制することを見出している。そのため次年度は、その天然生薬成分にも着目し、ANGPTL2の発現を抑制する特定成分についても検討を行う。
2018年8月1日に熊本大学大学院 生命科学研究部 分子遺伝学分野から、産業医科大学 医学部 分子生物学講座に異動となりました。新たな教室におけるスタートであったため、遺伝子組換え安全委員会などの書類上の手続き、また測定機器、実験器具、サンプル、試薬などを移動させ、実験できる体制を整えるのに時間を要しました。結果として、その間に実験を行うことができなかったため、次年度使用額が発生しております。現在では、産業医科大学での実験ができる体制が整っており、今後は予定通り進めて行くことが可能です。なお本年度に行う予定で、できなかった実験におきましては、次年度に実験がスムーズに行うことができるよう熊本大学在籍中に実験ツール等の準備を既に行っていたため、次年度に行う予定実験と並行して行うことが可能です。そのため、今後の実験スケジュールに関しては、申請時に計画した通りに進めていくことができると考えております。
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Circ J
巻: 83 ページ: 368, 378
10.1253/circj.CJ-18-0925
Exp Dermatol
巻: 28 ページ: 152, 160
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