研究課題
子宮内膜症は卵巣や腹腔などの病変部位において、子宮内膜様組織が認められることが病理学的特徴ある。つまり、月経時に剥がれ落ちた子宮内膜の一部が卵管を逆流し、卵巣や腹腔に生着・増殖することで、子宮内膜症が発症すると考えられている。子宮内膜は深部の基底層と子宮腔に近い機能層に分かれ、機能層は卵巣ホルモンの影響を受けて、増殖と脱落という周期的変化を繰り返す。子宮内膜機能層は月経周期に応じて剥落・増殖を繰り返す、高い再生能を有する組織であり、内膜腺上皮と呼ばれる一層の円柱上皮細胞および腺上皮を支持する間質細胞から構成される。我々は子宮内膜症発症機序を考える上で、起源となる内膜機能層腺上皮細胞のゲノム特性を明らかにすることが重要であると考えた。また、腺上皮細胞は管状構造を呈して発達していることに着目し、腺上皮細胞を管単位で分離する実験手法を確立し、単一腺管レベルという最小機能単位でDNAシーケンスを行った。結果として、子宮内膜から採取した腺管において、PIK3CAやKRASを含むがん遺伝子に体細胞変異が多数検出された。驚くべきことに、各腺管で保有する変異はクローナルな状態に達していたが、腺管ごとに異なる体細胞変異を保有していた。その結果、腺管の集合体である内膜組織はゲノムがモザイク状態を呈していた。さらに、子宮内膜症病変において、同様の遺伝子に体細胞変異が認められ、特にKRAS変異における変異頻度が顕著に増加していた。これは、モザイク状ゲノムを呈する子宮内膜が月経血逆流を介して卵巣に生着・増殖する過程で、KRAS変異を有する腺上皮細胞が生存に有利となり、クローナルに増殖した結果、子宮内膜症発症に繋がったことを示唆している(Suda & Nakaoka et al. Cell Rep in revision)。
1: 当初の計画以上に進展している
我々は子宮内膜症発症機序を考える上で、起源となる内膜機能層腺上皮細胞のゲノム特性を明らかにすることが重要であると考えた。腺上皮細胞は内膜基底層付近から管状構造を呈して発達していることに着目し、腺上皮細胞を管単位で分離する実験手法を確立できた。単一腺管レベルという最小機能単位でDNA/RNAシーケンスを行う技術基盤は今後の子宮内膜症ゲノム研究において極めて有用であると思われる。
本課題は、GWASで同定された子宮内膜感受性SNPによって変化する転写制御機構を明らかにするものである。ENCODE、Roadmap、FANTOMといった大規模プロジェクトを通じて、GWASで同定されたSNPにおける転写制御機構を理解するためには、疾患に関連する組織や細胞株に着目する重要性が指摘されてきた。申請者の先行研究においても、子宮内膜症GWASで同定された9p21領域SNPは子宮内膜組織特異的なエンハンサー領域であった(Nakaoka et al. PLOS Genet 2016)。さらに、疾患関連SNPによる機能的変化が特定の細胞環境下において顕在化する可能性が考えられる。例えば、子宮内膜症のようにホルモン依存性疾患においては、エストロゲンやプロゲステロンといったホルモンが分泌される環境下においてSNPによる機能的変化が顕在化する可能性がある。上述の検討によって、腺管単位でのDNAシーケンス解析によって子宮内膜腺上皮にはゲノムレベルで異質性が存在することが明らかになった。体細胞変異によって増殖能を獲得した上皮細胞において、疾患感受性SNPが転写制御機構に作用し、疾患発症に繋がる分子的表現型が誘導される可能性がある。腺管レベルで網羅的遺伝子発現解析を行い、がん関連遺伝子体細胞変異の有無によって遺伝子発現パターンに差異が生じるかどうかを検討し、アレル特異的発現パターンについて精査することができれば、上述の仮説を検証する上で重要な知見となりうる。
腺上皮細胞は内膜基底層付近から管状構造を呈して発達していることに着目し、腺上皮細胞を管単位で分離する実験手法を確立をしてきた。そのため、次世代シーケンス実験などコストのかかる実験を次年度に持ち越すことになった。
すべて 2018 2017
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件)
Oncogenesis
巻: 7 ページ: 4
doi:10.1038/s41389-017-0018-2
別冊BIO Clinica(バイオクリニカ)慢性炎症と疾患
巻: 第6巻 ページ: 105-111
PLOS Genetics
巻: 13 ページ: e1006883
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1006883