研究課題
マダニの体内には、共生細菌(symbiont)が存在するが、同時にリケッチアも共存する場合がある。これらの細菌は、いずれもマダニで経卵伝播され、次世代へと受け継がれる。興味深いマダニ種は、フタトゲチマダニ(Hl)で、西日本のHlマダニは雌雄が生息する両性生殖系で、1個体のマダニ中にsymbiontと共生体様リケッチア(Rickettsia LON type)が共存し、時として重篤な症状を引き起こす「日本紅斑熱リケッチア(Rickettsia japonica)」も混在する。しかし、東北地方のHlマダニは単為生殖系で雌のみが生息し、日本紅斑熱の発生もみられない。つまり、日本紅斑熱の発生は両性生殖系のHlマダニが生息する西日本に集中している。このような背景から、本研究では、マダニ体内の内在性細菌群の共生環境と感染症発生メカニズムの解明を目的とした。当該年度は(平成29年度)は、まずHlマダニについて、両性生殖系と単為生殖系の簡易判別法を確立した。そして、次世代シーケンサー(NGS)を用いたメタ16S解析により、Hlマダニの内在性細菌群を調べたところ、symbiontは両性生殖系および単為生殖系のいずれのマダニにおいても検出されたが、Rickettsia LON typeは単為生殖系では検出されないか、または極めて少ないことが判った。つまり、単為生殖がもたらす異常な生殖方法がリケッチアの垂直伝播(経卵伝播)の効率を低下させている可能性が示唆された。以上の成果は、マダニ媒介感染症における起因細菌のヒトや動物への伝播経路を解明する上で、マダニの生殖系統についても考慮した調査の必要性を示唆するものと考える。
2: おおむね順調に進展している
当該年度(平成29年度)は、まずHlマダニについて、両性生殖系と単為生殖系の簡易判別法を検討した。具体的には、両性生殖系と単為生殖系のHlマダニで変異が報告されているミトコンドリアco1遺伝子(cytochorome c oxidases I)を標的としたPCRシーケンスによる変異解析を行い、それらの配列を基にして、それぞれの生殖系統のco1に特異的なプライマーを設計し、両性生殖系と単為生殖系の簡易的な型別PCR法を確立した。そして、他大学や各地方衛生研究所などの研究連携者らの協力を得て、生息地の異なる、できるだけ多くのHlマダニの確保に努めた。得られたマダニは1匹ずつ解剖し、全組織からDNAを抽出した後、ミトコンドリアco1遺伝子を標的とした型別PCRを実施し、マダニ個体ごとの生殖系を判別した。その結果、東北地方のHlマダニは単為生殖系のみで、西日本のHlマダニは両性生殖系と単為生殖系が共存していることが判った。続いて、NGSを用いたメタ16S解析により、Hlマダニ体内のsymbiontとリケッチアの共存状況を解析したところ、symbiontは生殖系統やマダニ採集地域を問わず、すべてのHlマダニから優占的に検出され、Rickettsia LON typeも西日本の両性生殖系マダニで検出された。しかし、東北地方の単為生殖系マダニからはリケッチアは検出されず、両性生殖系と単為生殖系が混在する西日本の単為生殖系マダニでのみ僅かにRickettsia LON typeが検出され、これら2生殖系統の間でリケッチアの保有率や優占率に大きな差異があることが判明した。これは、単為生殖系という異常な生殖方法がリケッチアの垂直伝播(経卵伝播)の効率を低下させているものと推察された。
平成30年度は、まず、Hlマダニ内に存在するリケッチアの定量法を確立して、各個体が保有するRickettsia LON typeの絶対数を明らかにし、両性生殖系と単為生殖系の間で比較する。また、Rickettsia LON typeは日本紅斑熱の起因細菌であるR. japonicaと遺伝学的に近縁であることが知られているが、R. japonicaとは異なりヒトへの病原性を示す報告がなく、非病原性リケッチアであると考えられている。このようなR. japonicaとRickettsia LON typeのヒトへの病原性の違いの要因はまだ明らかになっていない。これはRickettsia LON typeに関する知見が著しく乏しいことも一因である。Rickettsia LON typeは、すでにHlマダニから分離されており、L929細胞を用いた組織培養系で継代可能である。我々は、基準株(Type strain)であるRickettsia sp. LON-2株と比較的増殖が速いLON-13株を入手した。平成30年度ではRickettsia sp. LONの微生物学的性状の一端を明らかにするため、まず宿主細胞の数量変化も考慮に入れたリケッチアの定量PCR増殖評価系の構築を目指す。そして、この評価系を用いて、LON-2およびLON-13株のL929細胞での増殖能について調べ、株間で比較するとともに、THP-1細胞などのヒト由来宿主細胞へのRickettsia sp. LONの感染力や増殖能の調査へと発展させたい。我々は、ヒト由来宿主細胞においては、非病原性リケッチアのRickettsia sp. LONが高病原性のR. japonicaとは異なる増殖速度や増殖至適温度などを有しているものと推察しており、これらについて検証を進めたい。
当該年度(平成29年度)は、他大学や各地方衛生研究所などの研究連携者らの協力を得て、生息地の異なる、できるだけ多くのHlマダニの確保に努め、マダニ内在性細菌群の解析を実施した。そして、HlマダニにおけるsymbiontとRickettsia LON typeの共存状況に関する多大な知見を得た。しかし、収集したマダニからは日本紅斑熱の起因細菌であるR. japonicaは検出されなかった。そこで、次年度は、さらにマダニを収集し、R. japonica保有マダニの獲得に努め、それらのマダニについても内在性細菌群の共存状況を解析する。次年度繰越金は、そのための調査旅費やNGSによるメタS解析の費用に充てる。
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