研究課題/領域番号 |
17K08835
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研究機関 | 静岡県立大学 |
研究代表者 |
大橋 典男 静岡県立大学, 食品栄養科学部, 教授 (10169039)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | マダニ / リケッチア / L929 / THP-1 / 感染症 |
研究実績の概要 |
マダニの体内には、共生細菌(symbiont)が存在するが、同時にリケッチアも共存する。これらの細菌は、いずれもマダニで経卵伝播され次世代へと受け継がれる。フタトゲチマダニ(Hl)においては、雌雄が存在する両性生殖系マダニが西日本地域に生息し、雌のみで繁殖する単為生殖系マダニが東北地方に生息する。両性生殖系マダニでは、1個体のマダニ中にsymbiontと共生体様リケッチア(Rickettsia LON type)が共存し、時として重篤な症状を引き起こす「日本紅斑熱リケッチア(Rickettsia japonica)」も混在する。しかし、単為生殖系マダニが生息する東北地方では「日本紅斑熱」の発生がみられない。つまり、日本紅斑熱の発生は両性生殖系のHlマダニが生息する西日本に集中している。このような背景から、本研究では、マダニ体内の内在性細菌群の共生環境と感染症発生メカニズムの解明を目的とした。昨年度は、両性生殖系と単為生殖系のHlマダニは、いずれもsymbiontを保有しているのに対し、Rickettsia LON typeは両性生殖系で保有率が高いことを明らかにした。当該年度は、両性生殖系と単為生殖系のHlマダニについて、内在するRickettsia sp. LONの定量解析を行い、両性生殖系では1,000~10,000コピー/個体で、単為生殖系では0~100コピー/個体と少ないことを明らかにした。さらに、マダニから分離されたRickettsia LON-2基準株(Type strain)とLON-13株のL929細胞およびTHP-1細胞への感染性や増殖能を調査した結果、L929では、LON-2株とLON-13株の増殖性に差異がほとんど見られないことが判った。また、THP-1では、いずれのLON株も感染性を示すことが判ったが、L929感染細胞よりも世代時間が若干長かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度(平成30年度)は、Hlマダニ内に存在するリケッチアの定量法を確立し、両性生殖系と単為生殖系の間で比較した。その結果、両性生殖系の13匹のメス成虫では、Rickettsia LON typeは12,400±3,420コピー/個体、4匹のオス成虫では9,500±2610コピー/個体、10匹の若虫では2,180±686コピー/個体であることが判った、また、単為生殖系でリケッチア陽性を示した2匹のメス成虫では145コピー/個体で、1匹の若虫では51コピー/個体であった。このように、両性生殖系の方が単為生殖系よりも、明らかにリケッチアの保有率・保有量が高いことが判った。Rickettsia LON typeは、すでにHlマダニから分離されており、L929細胞を用いた組織培養系で継代可能である。しかし、このリケッチアに関する知見は著しく乏しく、リケッチアの伝播実験などを計画する上で、Rickettsia sp. LON-2の生物学的性状を明らかにする必要がある。そこで、当該年度では、マダニから分離されたRickettsia sp. LON-2基準株(Type strain)とLON-13株について、これら2分離株のL929とTHP-1細胞への感染性や増殖能を定量的に解析した。その結果、L929とTHP-1細胞の1細胞当たりのリケッチア量は、感染7日後で、LON-2およびLON-13株のいずれも10倍に増加した。そして、得られた増殖曲線から世代時間を算出したところ、Rickettsia LON-2はL929感染細胞では8~10時間で、THP-1感染細胞では10~14時間であることが判った。また、LON-13株はL929感染細胞では8~12時間で、THP-1感染細胞では10~14時間であった。よって、THP-1感染細胞でのリケッチアの世代時間が若干長いものと推察された。
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今後の研究の推進方策 |
これまで、フタトゲチマダニ(Hlマダニ)を対象として解析を行ってきたが、Hlマダニから日本紅斑熱の病原体であるR. japonicaの検出にいたらなかった。HlマダニもR. japonicaを媒介すると考えられているが、R. japonicaの保有率は非常に低いようである。そこで今後は、R. japonicaの保有率が高いと報告のあるヤマアラシチマダニとツノチマダニが保有するsymbiontとリケッチア種について解析を行う。具体的には、日本紅斑熱が多発する地域でマダニ取りを実施し、まずヤマアラシチマダニとツノチマダニからR. japonicaの遺伝子検出を行う。一般に、マダニからのR. japonicaの検出法は、紅斑熱群リケッチアのgltA遺伝子を標的としたPCR (gltA-PCR) を行い、得られた増幅産物のダイレクトシーケンスにより配列を確認するという方法が用いられている。しかし、この方法は、マダニ内に存在するR. japonica以外の非病原性RickettsiaのgltAも増幅されてしまい、さらに検出感度においても、マダニ内の微量なRickettsiaを検出できるか否かもはっきりしていない。そこで、我々は、まずマダニ内のR. japonicaと他の非病原性Rickettsiaを識別でき、さらに定量解析も可能な高感度且つ特異的な検出法の開発を目的とする。そして、この方法を用いて、ヤマアラシチマダニとツノチマダニに内在するR. japonicaと非病原性リケッチアの検出と定量的解析を行い、これらのマダニのR. japonicaの保有率とコピー数を明らかにする。さらに、16S rDNA配列などからsymbiont種と非病原性リケッチア種の同定も試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度(平成30年度)は、HlマダニにおけるRickettsia LON typeの定量解析に成功し、さらにこのリケッチアの組織培養系での増殖性を明らかにするなど、多大な知見を得た。しかし、収集したマダニからは日本紅斑熱の病原体であるR. japonicaは検出されなかった。そこで、次年度は、さらにマダニを収集し、R. japonica保有マダニの獲得に努め、それらのマダニについて内在性細菌群の解析を行う。次年度繰越金は、そのための旅費などの費用に充てる。
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