研究課題
現在のエイズ治療における最大の目標は、HIV潜伏感染細胞の感染者体内からの除去である。これまでに研究代表者らは、非天然型のイノシトールリン脂質誘導体L-HIPPOを開発した。このL-HIPPOはHIVのGag蛋白質に強く結合してHeLa細胞からのHIV放出を抑制し、おそらく閉じ込められたウイルス蛋白質により細胞にアポトーシスが誘導される。この現象をLock-in and apoptosisと名付けた。これをHIV潜伏感染細胞の除去法として臨床試験に使用できるところまで発展させることが、本研究の目的である。そのために当初、平成29年度においてアポトーシス誘導機序の解明と、L-HIPPOのプロドラッグ化を行うことを計画した。その一方で、これまでの研究成果をまとめ論文投稿を行っていた。平成28年度末になって、実験の要求が来た。そのため平成29年度の初めは、T細胞内でLock-in and apoptosisを示すことに時間を費した。結局はT細胞株でもこの現象を示し、論文は受理された。しかし、アポトーシスに至る細胞の割合はHeLa細胞に比べて少ないことがわかった。そこでT細胞株でのアポトーシス誘導効率を改良してから、その機序の解明をT細胞株で行うことにした。これまで負電荷を多く持つL-HIPPOをキャリアにより細胞に導入してきたが、まずこの方法で導入効率が十分かどうかがわからない。そこで、細胞内のL-HIPPOの定量法の開発に取り組んでいる。一方、L-HIPPOのプロドラッグ体の合成は中間体の合成まで至っている。さらにL-HIPPOが結合するGag蛋白質のMAドメインおよび各種変異体の発現、精製に成功したため、MAまたはその変異体とL-HIPPOの相互作用をDSFアッセイにより調べた。特筆すべきこととして、MAとL-HIPPOが結合することにより、蛋白質の不安定化が示唆された。
2: おおむね順調に進展している
当初は、平成29年度においてアポトーシス誘導機序の解明と、L-HIPPOのプロドラッグ化を行うことを計画した。このうち、前者についてはT細胞で行う必要性が明らかとなったために、T細胞株でのアポトーシス誘導効率を改良後に行うことにした。後者については途中段階である。しかしいくつかの成果を得ることができた。重要であると考えられるものを以下に挙げる。(1)L-HIPPOが結合するMAドメインを大腸菌で発現させて精製し、純度の高いMA蛋白質を大量に調整することができた。これにより、様々な物理化学的手法による解析が可能となった。(2)精製蛋白質を用いたDSFアッセイにより、MA蛋白質そのもののTm値は58.2℃であるが、L-HIPPOが結合すると50.8℃に下がることが明らかになった。このことより、L-HIPPOがMA蛋白質を不安定化させることが示唆される。すなわち、不安定化した蛋白質が蓄積するストレスにより細胞にアポトーシスが誘導される、というこれまでには予想できなかった仮説を立てることができた。(3)HeLa細胞中でのアポトーシス誘導効率とは異なるものの、T細胞株であるJurkatでもLock-in and apoptosisの現象を示すことができた。患者体内の潜伏感染細胞の主なものはT細胞と考えられており、このことは本方法が臨床応用可能であることを示す。(4)これまでの成果をScientific Reportsに掲載することができた。この論文には大きな反響があり、新聞やWebの科学サイトなど様々なところに取り上げられた。このジャーナルの2017年のTop 100(高いアクセス回数があったもの)にも選ばれ、さらに世界の研究者やエイズ患者からもメールで問い合わせを受けた。
本研究の目的は変わらず、Lock-in and apoptosis法をHIV潜伏感染細胞の新しい除去法として、臨床試験に使用できるところまで発展させることである。そのために以下に示すように研究を推進する。(1)MA蛋白質にL-HIPPOがどのように相互作用するのか、精製したMAおよびその変異体を用いて解析する。種々の物理学的解析を行う。またこれらの共結晶を調整し、X線結晶解析を行う。(2)(1)と同時にT細胞株でのLock-in and apoptosisの効率を改善する。まず、細胞内のL-HIPPO量の測定法を確立する。今まで用いてきた細胞内導入キャリアにより、L-HIPPOがT細胞内にどのくらい入るのか調べる。量が十分でなければ、キャリアの検討やプロドラッグ体の合成により導入量を上げ、アポトーシス効率を調べる。その効率が依然として十分でなかった場合、T細胞内でのHIV蛋白質発現量が不十分であることに起因する可能性がある。そこで、様々な転写増強剤との併用を検討する。(3)(2)が終了したら、改善した条件を用いて細胞内でのアポトーシス誘導機序を調べる。アポトーシスに関わるHIV蛋白質の同定や、宿主内でのアポトーシス誘導経路を調べる。ここで特に、不安定化した蛋白質が蓄積するストレスにより細胞にアポトーシスが誘導される、という仮説が正しいかどうかも調べる。(4)(1)および(3)で得られた知見に基づき、T細胞株内でのLock-in and apoptosisの効率を改善する。L-HIPPOプロドラッグ体の誘導体を設計し、合成、および評価を行う。結果を見て再度設計、合成、評価を繰り返し、効率を上げる。(5)最終的には、リザーバーモデルを用いて評価する。ここで効果が十分でなければ(4)に戻り、最後には臨床試験に使用できるところまで改良する。
すべて 2018 2017 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (7件) (うち国際共著 5件、 査読あり 7件、 オープンアクセス 5件) 学会発表 (14件) (うち国際学会 6件) 備考 (2件)
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