これまで我々は血糖コントロールが不良の患者ほど、リスクに対する危険回避度が低い傾向にあることを報告した。しかし、危険回避度をみる質問に対して不適切な回答や非合理的な回答をする患者が少なからず存在した。これらの患者では真に危険愛好的なのか、合理的判断能力が劣るのかが不明であった。そこで今回は糖尿病患者の合理的判断能力とそのsocioeconomic statusとの関係を解析した。対象は東京の日本医大学付属病院に通院中の糖尿病および糖尿病以外の疾患の患者とした。今回の研究で用いた質問票は、大阪大学社会経済研究所「くらしの好みと満足度についてのアンケート」を参考に独自に作成した行動経済学的観点から選択を問う質問である。2017年10月から2018年10月に質問票を配布し、参加に同意し質問票に回答した387名(糖尿病患者305名、糖尿病以外82名、年齢62.1±12.5歳)を対象とした。危険回避度に関する質問に対して、白紙の回答、指示に従わない回答、標準的経済学の考え方に矛盾する回答を不適切・非合理的回答(非合理)とし、その他を適切・合理的(合理)とした。非合理の比率は年齢とともに上昇したが、糖尿病患者で特に顕著で、65歳以上では非合理は糖尿病以外では19 %であったが、糖尿病患者では44 %と非常に高かった(p=0.0050)。学歴が高いほど非合理の頻度は有意に低下するが、糖尿病患者で網膜症を有している患者では非合理の頻度が高く学歴の影響が消失していた。 これは文章の読解力やそれに基づく合理的判断、いわゆるリテラシー能力が劣る患者では糖尿病合併症が進行する可能性が高いことを示している。若年時の家庭の社会経済状況を示す学歴の影響がなくなっていることから、患者のsocioeconomic statusとは関係なく糖尿病発症後にリテラシー能力が低下する可能性が示唆された。
|