臨床現場でインフルエンザ感染者を迅速に特定する手段として、インフルエンザウイルス抗原診断キット(イムノクロマト法)が採用されており、ウイルス蛋白質であるヌクレオプロテイン(Nucleoprotein: NP)を認識する抗NPモノクロナール抗体が使われている。 一方、将来流行するインフルエンザウイルスにおいてNP蛋白質に変異が起こり、既存診断キットの抗NP抗体では認識されない可能性があるため、感染していても陰性と判定されて早期の治療機会を失う恐れがある。本研究では、将来流行するインフルエンザウイルスに生じる「NP蛋白質の抗原変異」を事前に予測し、さらに偽陰性判定が起きにくい新規抗NP抗体を取得することで、未来流行株に対応可能なインフルエンザ診断キットの開発を試みた。 低忠実性ポリメラーゼ導入ウイルスにより作出した変異ウイルスライブラリーを用いてプラークアッセイ実験を行い、32個の単一プラークを分離した。プラーク中に含まれるウイルスを単離後、培養細胞を用いてウイルス増幅を行なった。その後、各分離株のウイルス遺伝子解析の結果、アミノ酸置換を伴うNP変異株を5株単離した(R19H、E81G、T6A/S314G、Q20P/K470RおよびQ122K/A286S変異株)。続いて、市販のインフルエンザ診断キットを用いて各NP変異株の検出感度を検討した。その結果、各NP変異株は偽陰性と判定されず、キット内の抗NP抗体とは野生株と同等の結合活性を持つことが示唆された。一方、変異NP蛋白質の構造モデリング解析により「変異が入りやすい領域」および「変異が入りにくい領域」を同定した。 本研究成果は、ウイルス生存において許容する「ウイルス蛋白質のアミノ酸変異部位」を網羅的に調べる新規システムとして応用が可能であり、ウイルス進化予測およびウイルス抗原のエピトープ解析において有用な基盤情報を提供できる。
|