研究課題
ストレス応答蛋白HSP27はATP非依存性に機能する低分子シャペロン蛋白であり、多くの癌でその発現が亢進し、とりわけ直腸癌において予後不良因子とされている。本研究ではHSP27の大腸の炎症と発癌における役割を解明する。2種類のHSP27 conditional knock-out mice (Hsp27F/F;villin-Cre、Hsp27F/F;Mx1-Cre) を使用する。Hsp27F/F;villin-Cre mouseはflox miceとvillin-Cre transgenic miceを掛け合わせた、腸上皮細胞特異的にHSP27を欠損させたマウスである。Hsp27F/F;Mx1-Cre mouseはflox miceとMx1-Cre transgenic miceと掛け合わせたマウスにpoly(I:C) (30 mg/kg)を投与し、骨髄由来細胞でHSP27を欠損させたマウスである。4-8週齢のマウスにAOM (12.5 mg/kg)を腹腔内投与し、DSS (cycle 1-4: 2.5%,5 days and cycle 5: 2%, 4 days)を経口投与し、AOM投与後111日でsacrificeすることで大腸腫瘍を形成する。骨髄由来細胞に特異的にHsp27を欠損させたマウスではコントロールに比べて大腸腫瘍形成に大きな影響を認めなかったが、上皮細胞でのHSP27は腫瘍形成に影響を与えていることが示された。HSP27は活性酸素を制御することが報告されており、活性酸素関連分子の発現の変化を確認している。HSP27は上皮間質転換に関与しているとされるが、幹細胞への影響を示唆する結果を得ている。今後更なる機能解析を加えていく予定である。
2: おおむね順調に進展している
上記のようにDSSおよびAOMによる化学発癌モデルに加えて、Apc欠損マウス、Kras変異マウスとの交配による発癌モデルの実験も順調に進んでいる。Hsp27F/F;villin-Cre、Hsp27F/F;Mx1-Creとcontrol mouseにおいて、腫瘍の個数、大きさを測定し、腸内細菌叢を比較検討し、上皮細胞、炎症細胞におけるHSP27の機能を複数の発癌モデルで解析している。ヒト大腸癌、前癌病変(Advanced adenoma, SSA/P, 炎症性腸疾患関連dysplasia)および背景大腸粘膜の組織を用いた発現解析も行っている。また炎症性腸疾患患者の糞便微生物叢移植の前後での組織、便のメタトランスクリプトーム解析、TNF阻害薬の投与前後での生検組織の発現解析および腸内細菌叢の解析を行っている。このような多方面からの解析によりストレスと慢性炎症・発癌との関連が解明されていくと考える。
HSP27を大腸上皮細胞、炎症細胞、又は幹細胞で欠損させたknock-out mouseを用いた機能解析により、ストレス応答蛋白であるHSP27の生体での役割が明らかとなることが期待される。またヒトにおいて発癌初期の遺伝子発現や腸内細菌叢の変化をみることは困難であるが、本研究により発癌に関わる新しい遺伝子, microRNA、腸内細菌叢の変化の同定により新規診断、治療の標的候補が見つかる可能性がある。これらに加えて、ヒト大腸癌、前癌病変、炎症性腸疾患、炎症性腸疾患関連大腸癌の組織を用いた発現解析により、ヒトでのストレス応答蛋白の新規機能が明らかとなる。これらの知見をもとに、大腸癌サーベイランスを含めた炎症性腸疾患・癌診療の最適化、個別化が進むことが期待される。
HSP27 conditional knock-out mouse、control mouseを用いて、マウス大腸発癌過程のいくつかの時点で、大腸組織を採取を採取し、HSP27により影響をうける遺伝子発現の同定を現在行っている。前年度の試薬、資料を用いて解析を効率的に行うことができた。今年度より、ヒト炎症性腸疾患、大腸癌、前癌病変(Advanced adenoma, SSA/P, 炎症性腸疾患関連dysplasia)および背景大腸粘膜の組織と血清において、HSP27及びEMT、幹細胞マーカー、慢性炎症・発癌に関わる遺伝子の発現、腸内フローラの変化、遺伝子変異、tumor mutational burdenを測定する。大腸粘膜におけるHSP27などの遺伝子発現、腸内細菌叢と治療効果、予後、発癌率との相関を検討し、炎症性腸疾患治療の最適化と発癌リスクの予測を行っていく。また癌診療におけるliquid biopsyの有効性についても検討する。
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