研究課題/領域番号 |
17K09766
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研究機関 | 東京慈恵会医科大学 |
研究代表者 |
岡野 ジェイムス洋尚 東京慈恵会医科大学, 医学部, 教授 (90338020)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ALS / TDP-43 / 選択的スプライシング / RNA結合タンパク質 |
研究実績の概要 |
ALSの早期診断を可能にするために、優れたALSモデルマウス、患者由来細胞およびiPS細胞を駆使してRNA代謝異常を指標としたバイオマーカーの確立を目指している。申請者らが作成した変異型ヒトTDP-43遺伝子ノックインマウス(A382T変異、G348C変異の2系統)は、加齢に伴う運動障害を呈し(生後7ヶ月)、さらにALS症例に特異的な病理所見であるブニナ小体が運動ニューロンの細胞質に認められる優れたALSモデルマウスである。RNA結合タンパク質であるTDP-43の変異によりその機能不全が疑われるため、TDP-43の標的であるRNAを中心に発現量・選択的スプライシングパターンの解析を行った。具体的には、同マウスの大脳皮質および末梢血単核球において、野生型では見られない発現量の変化、異常スプライシングパターンを呈するRNAを検索した。10ヶ月齢ALSモデルマウスの大脳皮質において、内因性TDP-43mRNA量が減少していた(A382Tでは有意、G348Cでは減少傾向)。さらにTDP-43の標的であるPDP1のスプライスバリアントの比率が変化していた(n=3)。この変化はTDP-43をノックダウンした時と同じ方向にスプライシングパターンがシフトしていたことを示している。4ヶ月齢ALSモデルマウスの白血球においては内因性TDP-43のmRNA量が有意に増加していた。また、PDP1のスプライシング比率はTDP-43を高発現させた際に観察される方向に変化していた。これらの結果から、ALSモデルマウスの大脳皮質・白血球の両方において内因性TDP-43発現量が異常であり、それに伴いTDP-43発現量と相関した標的のスプライシングパターンの変化を検出することができた。また、運動障害発症前の4ヶ月齢において白血球からTDP-43の標的RNAのスプライシング変化の検出が可能であることがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
TDP-43遺伝子変異を持つ患者の病理所見はALS症例の9割を占める孤発性ALSのそれと変わらないため、原因こそ違え孤発性ALSにおいてもTDP-43遺伝子変異で引き起こされる運動ニューロン死のプロセスと同様の病態をなぞっている可能性が高い。一方、TDP-43は脳・脊髄、末梢単核球を含む多くの臓器に発現し機能しており、TDP-43 ノックインマウスでは中枢神経以外の臓器においても標的RNAのスプライシング異常が起こるであろうことが予測されていた。つまりTDP-43 ノックインマウスの末梢単核球を解析することにより、ALS発症早期に出現する生物学的現象を鋭敏に検出できる可能性がある。 初年度ではTDP-43 ノックインマウスで起こっているRNAプロセッシング異常に着目しALSバイオマーカーの探索を起こった。マウス脳(10ヶ月齢)および末梢血単核球(4ヶ月齢)で正常アリルから転写される全長TDP-43 mRNAの発現異常・標的RNAの異常なスプライスパターンが観察されることを発見した。これはヒト変異型TDP-43が、正常に発現していると考えられたマウス内因性TDP-43の機能を撹乱し標的のRNAに異常スプライスパターンを引き起こすことを示しており、運動症状発症前のTDP-43スプライシング検査は極めて有力なバイオマーカー候補であることが強く示唆された。このように、マウスALSモデルを利用したバイオマーカー探索により複数の候補因子の同定に成功し、30年度に開始するヒトiPS細胞を用いた研究につなげることができた。
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今後の研究の推進方策 |
ヒトiPS細胞を利用したバイオマーカー解析を行う。29年度はALSモデルマウスにおいてバイオマーカーとなりうる候補因子の同定を行ったが、30年度はヒトにおいてバイオマーカーとなりうる因子を同定し、その動態を検討する。正常ヒトiPS細胞およびTDP-43遺伝子にA382T変異を導入したiPS細胞をそれぞれ神経細胞・末梢血単核球に分化誘導し、TDP-43およびPDP1、Sort1など標的因子の発現量、スプライシングパターンを比較検討する。 まず正常ヒトiPS細胞を用いた解析を行う。すでに4株の正常ヒトiPS細胞を取得しているが、これらのうち運動ニューロンへの誘導効率が最も高い株を選択し以後の解析に用いる。運動ニューロンへの誘導は、高い分化誘導効率を得るために慈恵医大基盤研究施設が開発したアデノウイルスを用いた遺伝子導入法を利用する。誘導された運動ニューロンからRNAを抽出し、定量的PCR法により解析を行う。次に正常ヒトiPS細胞においてゲノム編集技術によりTDP-43遺伝子にA382T変異を導入する。得られたiPS細胞株についてバイオマーカー候補RNAの発現量・スプライシングパターンを検査し、正常ヒトiPS細胞のそれと比較検討する。さらに報告されているプロトコール(Woods N-B et al. Stem Cells. 2011)に従って造血幹細胞・前駆細胞・血液細胞に分化誘導する。単核球を含む血液細胞を長期培養し、RNAを抽出後、バイオマーカー候補の発現量・スプライシングパターンを検査し、正常ヒトiPS細胞のそれと比較検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、マウス組織における遺伝子解析実験が非常に順調に進んだため当初の予測より実験回数を少なくしても確信の持てる研究成果を得ることができたためである。30年度の研究計画では、ヒトiPS細胞を培養し分化誘導を行って解析するために高価な細胞培養試薬・遺伝子発現解析試薬を多数使用する必要がある。そのため、次年度使用額と30年度請求額を合わせた金額を主に物品費に計上し、これらの試薬を購入する計画である。実際、研究計画には試行錯誤を行わなくてはない段階が含まれるため、今の段階ではどれくらいの量の細胞培養試薬が必要になるか予測が難しい。そのため次年度使用額を30年度の計画に使用したい。
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