研究課題
バセドウ病(GD)は臨床的に最も高頻度に起こる臓器特異的自己免疫疾患である。しかし、その発症機構は未だ解明されていない上に、治療法によっては死亡例もあるため、改善すべき点が多い。したがって、1940年代より新規治療法の開発が喫緊の課題である。申請者は、GDにおけるTSH受容体(TSHR)抗原とHLA-DR結合モチーフを解明し、新規免疫寛容誘導ペプチドを開発した(2006 JCEM, 2009 Thyroid, 2010 JCEM, 2013 Endocrinology, 2016 Frontier Endocrinology)。本研究の目的は、その知見を基盤として、1) GDにおける胸腺やHLA分子の役割と甲状腺自己抗原に着目し、新たなエピトープ認識機構を明らかにすること、2) 抗原特異的免疫制御による治療法開発を段階に分けて行うことである。平成30年度の研究としては、まず上記1) に関して、GDにおけるHLA分子と甲状腺自己抗原の役割について検討を行った。その方法としては、ヒトHLAトランスジェニックマウスを用いて、甲状腺自己抗原提示形式を評価した。甲状腺自己抗原としては、ヒトTSHRあるいはヒトサイログロブリン(Tg)を同マウスに免疫して甲状腺機能、甲状腺自己抗体、脾細胞のFACS解析と甲状腺自己抗原への反応性試験、および甲状腺組織の評価を行った。その結果、甲状腺自己抗原の違いによって、甲状腺免疫機構の変化の可能性が示唆された。さらに、2) GDに対する抗原特異的免疫抑制治療として、先述の新規免疫寛容誘導ペプチドによる治療の容量、接種間隔等の調整等によって、治療の最適化を行っている。
2: おおむね順調に進展している
平成30年度の研究としては、GDの危険因子であるHLA-DR3とヒトTSHR 抗原に関する最も重要なエピトープ:hTSHR37(78-94)を始めとしてhTSHR132-150等の複数の免疫原性hTSHRペプチドの作用の検討を行った。まず、TSHR細胞外ドメインをコードしたアデノウイルス(Ad-TSHR289)を作成し、HLA-DR3トランスジェニックマウスに接種することでHLA-DR3トランスジェニックGDモデルを誘導した。さらに治療としての前述の新規免疫寛容誘導ペプチドをHLA-DR3トランスジェニックGDマウスに用いて、臨床応用を視野に入れ中枢性及び末梢性に免疫寛容を誘導する可能性を検討した。続いて、平成30年度はTSHR抗原特異的制御性T細胞のクローン化を進めた。また、ヒトTgをTSHRと同時に接種する際に甲状腺免疫機構が増強される可能性が示唆された。上記の方法を応用して、日本人GDに多いHLA-DR8/14、DP5やB35/46に関する同様の研究計画を樹立した。以上により、おおむね順調に研究が進展していると考えられる。
平成30年度までに得られた上述の結果を基にして、平成 31年度は、GDの臨床応用への展開を進めつつ、3年間における本研究において得られた結果をとりまとめる。さらに、今後は変異TSHRペプチド治療と免疫調節性ペプチド:Treg誘導ペプチド[Blood 2008:112:3303]を用い、in vivo において効率的なTreg誘導を行なうことによって、TSHR特異的Tregの効果が増強されることに期待が持たれる。今後もGDに関する分子免疫学的手法を中心としたTSHR抗原の解析および甲状腺自己抗原を中心とした基礎的研究の確立と臨床応用への展開が円滑に進行されると考えられる。本計画はGDに関する世界最先端の研究の一つであり、従来の知見を生かしつつ独創的な着想に基づく画期的な実験結果が得られ始めている。本研究計画による連続的治療戦略は中枢性並びに末梢性免疫抑制を組み合わせており、全身的免疫異常を制御できる。また、治療が困難であり時に致死的でさえあるGDの加療において長期的かつ根本的な治癒をもたらす可能性がある。なお、感染症や 悪性腫瘍の発生の副作用に関しては当治療法の濃度・時期等の調整により予防することが可能である。また、本治療法の確立が難治性自己免疫疾患に関する治療法の発展につながると思われる。なお、欧米ではSLE、多発性硬化症等の自己免疫疾患に対するペプチド治療が行われており、GDに関してもペプチド治療の報告がされ始めているが本邦では皆無である。
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