研究課題
本研究の全体構想は、副腎皮質が正常構造・機能から逸脱して、アルドステロン(ALDO)の過剰産生による原発性ALDO症(PA)の種々の病変・病型形成に至る分子基盤を理解することである。近年ALDO産生腺腫にイオンチャネル・ポンプ遺伝子群の体細胞変異が判明し、病変形成へ関与が示された。一方、研究代表者らは正常副腎に自律的ALDO産生能を有するALDO産生細胞集塊(ALDO-producing cell-cluster, APCC)を発見して、これが移行性病変を経てALDO産生腺腫へ至るスキームを示した。解析を進めてきた若年性・両側性PAの1例は、家族歴はないが副腎皮質だけでなく外胚葉由来組織に同一のKCNJ5遺伝子に変異を持つ。両親からの配偶子の一方に変異が新しく生じたことが推定されたことから、家族性ALDO症3型である。変異分布はモザイクではないが、副腎皮質は非腫瘍部と腫瘍部から構成される組織モザイクであった。この副腎におけるステロイドの産生能を、従来の合成酵素の局在による解析に加え、組織内ステロイドの分布を計測した結果、ALDOの分布において腫瘍部、非腫瘍部の強弱が観察された。PAを来していないヒトの病死時におけるAPCC形成の程度(頻度とサイズ)と死亡年齢の相関を解析した。近年研究代表者らは、小児から50歳までで様々な病気による死亡時年齢とAPCC形成との間には正の相関があることを見出していた。本研究では50歳以上で病死したヒトの副腎サンプルを用いてAPCC形成との相関を解析した。その結果、長命者ではAPCC形成を含めてALDO産生能が低いことが判明した。この結果は血中ALDO濃度が低いヒトは結果的に長命となることを示唆しているかもしれない。
3: やや遅れている
ALDO産生腺腫において最も高頻度に検出される体細胞変異はカリウムイオンチャネルKCNJ5のイオン選択性を損なうアミノ酸置換を起こす。解析を進めてきた若年性・両側性PAの1例は、そのような変異を新規の生殖細胞系列変異として持つので、副腎皮質でも全細胞がこの変異遺伝子を持つ。この患者の副腎皮質は正常な層機能・構造を持たず、全体が過形成を呈しており、一部の箇所には腺腫が形成していた。腺腫の細胞にはKCNJ5に加えて別の遺伝子に変異が生じている可能性があるが、これまでの解析からは別の変異の検出に至っていない。ヒトにおいてAPCC形成は50歳までは加齢と共に進むことが判明している。PAを来していないヒトにおいて50歳から100歳超で病死した際の副腎を用いて、ALDO合成酵素の発現部位を解析した。皮質球状層での正常・生理的なALDO産生細胞の数とAPCCの数・大きさは、病死時50歳以降ではその年齢と共に低下することが判明した。血中ALDO濃度が低いと長寿になりやすいことが示唆された点は、新しい知見である。
若年性・両側性PAの1例は、新規の生殖細胞系列変異によるKCNJ5遺伝子変異を持つので、副腎皮質でも全実質細胞がこの変異を持つ。副腎皮質組織は、変異を持ちながら腫瘍形成しなかった部位と第2の要因により生じた腫瘍から構成されることが推定される。これらの2通りの部位を比較することにより腫瘍化機構を解析する。成人で発症するPAの中では両側過形成型の症例数が最も多い。病変については手術適応とならないので不明な点が多いが、APCCの多発化または大型化が想定される。すでに研究代表者らが報告した若年性・両側性の症例では、中胚葉形成期までの胎生期に変異が生じ、その子孫細胞が左右副腎に分配されたことが示唆された。これと同様に、成人の両側過形成病型においても副腎皮質原基の左右分離以前に生じた単一の体細胞変異が多発化・大型化APCCの形成を起こしてPA発症に関与することが考えられる。両側過剰産生の症例の中で、左右比が大きい場合などに摘除された片側の副腎を使用し、病変を同定した上で複数の病変における体細胞変異の解析を行って同一個体の病変に共通の変異が検出されるか解析する。さらに末梢血DNAを用いて病変と同一変異の検出を行う。
前年度には、解析する試料の調製、増幅、塩基配列解析、免疫組織化学染色・一般組織染色に加えて、新規の抗体の作製、ステロイドホルモンの分析について、試薬等の消耗品をほぼ計画通りに予算を使用した。次年度使用額が生じた理由は、前々年度の使用額が抑えられていたため、これまでの総交付額に対して総支出額が当初予定よりも小さかったためである。次年度には、腫瘍化第2因子の同定、及び、両側性過形成機構の解明のために、次世代シーケンサーによる遺伝子解析に用いる比較的高額の消耗品、モノクローナル抗体の調製、ステロイドホルモンの分析に用いる消耗品等の経費を中心に支出を予定する。
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