研究課題
近年の多発性骨髄腫治療の進歩の陰で、髄外形質細胞腫の形成や治療抵抗性といった悪性化は、新規薬剤を用いても越えがたい治療の障壁となっている。予後不良の染色体異常であるdel17やt(4;14)を有する症例では、このような悪性形質を獲得しやすくハイリスク骨髄腫と称される。本研究では、その原因として骨髄腫細胞の上皮間葉系への脱分化仮説を打ち立てようとしている。骨髄腫細胞株パネルを用いて、t(4;14)を有する細胞では間葉系遺伝子発現が亢進しN-cadherinの発現が高い細胞、それ以外の細胞では上皮系遺伝子発現が亢進しE-cadherinの発現が高い細胞はSCIDマウスへの皮下形質細胞腫を形成しやすいことを見出した。この結果より、骨髄腫細胞は上皮間葉系細胞に脱分化し、固形癌類似の形質を獲得していると推測している。一方、ハイリスク骨髄腫克服薬の開発として、新規フタルイミド体TC11の薬物動態改善のために、PEG-TC11体の合成に成功した。186μmol/kgのPEG-TC11をマウスに皮下注射した場合、同等量のTC11を投与した場合に比べて、最高血中濃度は2.6μMから24.4μMへ、血中消失半減期は1.4時間から2.2時間に改善した。それに伴いxenograftの増殖遅延効果も増大した。次にハイリスク骨髄腫に有効なTC11の分子機構を解析するために、構造が類似する免疫調節薬(IMiDs)の標的分子であるcereblonへの結合能をBiacoreを用いて検討したが、TC11、PEG-TC11はいずれもcereblonには全く結合しなかった。さらにこれらは、骨髄腫細胞に対して強いG2/M細胞周期停止作用があることが判明した。すなわち、ハイリスク骨髄腫細胞ではしばしばP53が欠失しているが、G2/M細胞周期停止にはその関与が少なく、TC11は有効に細胞死を誘導すると考えられる。
2: おおむね順調に進展している
全体として概ね研究は予定通り進行している。その中でも、我々が独自に開発したフタルイミド体TC11の可溶化体PEG-TC11の合成に成功し、マウスモデルにおける血中薬物動態の改善(Cmax値が8倍増加)が得られた。これによりマウスxenograftモデルにおいてTC11を凌駕する腫瘍増殖遅延とアポトーシス誘導が観察された。さらにPEG-TC11はin vitroにおいてもより強いアポトーシス誘導を来すことが分かった。PEG-TC11は、標的分子であるnucleophosmin1のSer4, Thr95, Thr199をTC11よりも低濃度でリン酸化することを見出した。我々はNPM1のSer4のリン酸化により、骨髄腫細胞が分裂する際に中心体が過剰複製することを見出し、その結果骨髄腫細胞がmitotic catastropheに陥り細胞死に陥ると推測している。一方、骨髄腫の悪性化の誘導因子として、リプログラミングによる上皮間葉系細胞への脱分化仮説を提唱している。現在、SOX2、Oct-4強制発現細胞を作製中である。また、骨髄腫治療薬の中で中心的な役割を果たしているレナリドミドに対して抵抗性を示す骨髄腫細胞の樹立に成功している。今後はこれらを用いてEMT関連遺伝子、山中遺伝子群の発現や機能を検討してゆく。上記の基礎的研究の臨床的意義を明らかにするために、TC11およびレナリドミドの結合分子であるNPM1蛋白質の骨髄腫細胞における発現を免疫組織学的に検討を進めている。また、EMT関連遺伝子シグナルの下流にあるE, N-cadherin蛋白質発現の臨床的意義についても免疫組織学的検討を開始している。以上を総括すると、研究の進行状況は概ね研究計画通りであると考えられる。
骨髄腫細胞の悪性化の病態解明の研究について、現在進行中の骨髄腫患者の骨髄生検標本を用いたEおよびN-cadherin発現の免疫組織学的検討を継続し、その臨床的意義を明らかにする。骨髄腫細胞におけるE-cadherin発現は、これまでの検討から骨髄腫治療薬への暴露が一因となることを見出している。現在、IMiDs長期暴露細胞を作成中であり、これを用いてcadherin遺伝子群をふくむEMT関連遺伝子の発現を検討する。さらにIMiDs長期暴露細胞の薬剤抵抗性や免疫不全マウスへの移植による髄外形質細胞腫形成への影響を検討する。一方、SOX2、Oct-4、Nanogといった山中因子は、細胞分化のリプログラミングを引きおこすが、これらの骨髄腫細胞における発現を検討する。白血病など他の造血器腫瘍細胞と2比べて骨髄腫細胞に過剰発現が認められれば、前述の上皮間葉系遺伝子発現の上昇と合わせて、分化の異常という観点から骨髄腫の悪性化に考察が加えられる。治療薬開発研究においては、PEG-TC11の薬理作用を明らかにするために、その結合分子であるα-tubulinおよびnucleophosmin1の機能に対する影響を検討する。とくにα-tubulinの重合・脱重合への影響やnucleophosmin1の多量体形成やリン酸化への影響を検討し、同時に生物学的効果についても言及する。さらなる克服薬の開発にも努め、天然資源由来の化合物や既存薬ライブラリーを用いたハイリスク骨髄腫治療薬開発も推し進める。
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