研究課題
本研究は、白血病・リンパ腫を中心とした血液性疾患、また炎症性疾患病態を中心に、生体のストレス応答機構を制御する血管内皮を中心とした微小環境―血管ニッチの形成機序、機能、そして疾患病態に応じた疾患特異性―疾患特異的ニッチの構成解明等を主な目的としている。今年度までの研究で、研究代表者らは、白血病・リンパ腫、骨髄腫の疾患動物モデルを作製、確立し、組織型プラスミノーゲンアクチベータ(tPA)、ウロキナーゼ型PA、PA抑制因子(PAI-1)、また一部のマトリックスメタロプロテアーゼ等の血管内皮細胞由来のアンジオクライン因子群が、血管ニッチを構成するマクロファージ、リンパ球等の造血系細胞、あるいはストローマ等の間葉系細胞から産生される各種サイトカイン、増殖因子と密接に相互作用を有することにより、血管新生、そして腫瘍細胞増殖を制御していることを示唆した。また、代表者らは、疾患動物モデルの解析により、アンジオクライン因子群が、血液凝固・線維素溶解系(線溶系)の亢進等を通じ、腫瘍性疾患の関連病態である、播種性血管内凝固症候群や、血球貪食症候群―マクロファージ活性化症候群(MAS)の病態形成、病勢制御機構にも関与していることを示唆した。また代表者らは、抗血管ニッチ療法開発の基礎となるMASモデルに対する線溶阻害剤の有効性を確認し、論文発表に至っている。代表者らは、腹腔内炎症性疾患、腸管癒着症の動物モデルを作製し、アンジオクライン分子シグナルが、炎症惹起、細胞動員、癒着形成等のプロセスを制御し、やはり血管ニッチの構成分子である造血系細胞、間葉系細胞からの各種サイトカイン、増殖因子と密接な相互作用を有して、病態形成に関与していることを明らかにした。代表者らは、これらの実験データを基礎とした、PAI-1阻害剤等による血管ニッチ制御を目的とした新しい腸管癒着症に対する治療法の基盤形成を進めている。
1: 当初の計画以上に進展している
現在までの進捗状況として、研究代表者らは、今年度までに、本研究計画全体の基礎となる、血液腫瘍性疾患と炎症性疾患の双方について疾患動物モデルを作製、確立し、さらにこれらの病態形成に関与する、主な血管ニッチの構成、アンジオクライン分子、そして一部はこれに含まれる成長因子やサイトカイン群、そして血管内皮細胞、造血系細胞、間葉系細胞の動態と相互作用を明らかにすることが出来たことは、これらがおそらくはまだ全体像ではないにせよ、着実な進展と判断出来る。また、代表者らは、これらに加え、各種疾患病態に対応した、病変中の血管ニッチの構成変化と異常を明らかにしたこと、そして血管内皮細胞からの分泌物質動態と疾患病勢、病態との関連性を示したことは、本研究の仮説の検証のみならず、来年度からの臓器と腫瘍組織のインタークラインシステムの解明という研究計画の遂行上についても、重要な研究成果が挙がったものと考えている。加えて、MASや腸管癒着については、抗血管ニッチ療法をはじめとする、血管ニッチ制御を目的とした、新規疾患治療開発の基盤形成が着実に進んだこと、さらに大学院生の博士論文を含む複数の論文を発表出来たことから、研究初年度としては、計画以上の進展があったと捉えても、差し支えない状況であると考えている。また、これらについて、今年度までに得られた個々の実験結果、血液腫瘍性疾患そして炎症性疾患病態における、血管内皮細胞から分泌されるアンジオクライン分子群と、増殖因子、サイトカイン群の動態、またこれを通じた血管内皮細胞、間葉系細胞、造血系細胞群の動態解明に関する研究成果は、いずれも研究計画の段階で勘案された、血管ニッチ構成分子による疾患制御機構の存在を支持する、当初の仮説におおむね沿った内容であり、現在までのところ、来年度以降の研究展開についても、明確な修正点は特に見当たらないものと判断している。
今年度までの研究成果を基礎として、自然発症型、あるいは薬剤誘導型の血液腫瘍性疾患動物モデル、炎症性疾患モデルを確立すると共に、血管内皮特異的に、数種の線溶系因子やマトリックスメタロプロテアーゼ、血管新生因子等の各種アンジオクライン分子の発現を抑制したマウスと対照群の作製を進め、これらのマウスより末梢血液、組織を採取し、細胞数と構成、各種コロニー形成細胞数の算定に加え、血管内皮、 造血系、間葉系細胞をソーティングし、分離細胞培養と細胞表面マーカー解析を進めると同時に血漿中のアンジオクライン分子濃度あるいは活性を測定、検出する。また臓器については病理切片を作製し、免疫特殊染色、in situ hybridization等を施行し、疾患病変、臓器組織中の血管ニッチの構成、性状解析に加えて、疾患病態における血管ニッチの機能解明、そして疾患特異的血管ニッチの形成機構、性状解析、機能解明を進め、これらの実験結果に加え、抗血管ニッチ療法や、血管ニッチを対象とした治療の有用性についても、論文、学会での情報発信に逐次努める。また連携研究者とも協力して、ヒト白血病・リンパ腫、炎症性疾患における血管ニッチの機能解明を推進していく。血管ニッチを構成するヒト由来血管内皮細胞、間葉・ストローマ系細胞及び単球・マクロファージ細胞株の培養実験については、現在進行中であり、一定の実験データも採取しており、論文発表準備中である。血液疾患・免疫疾患患者と正常対照群の検体採取と患者情報として、重症度、病期、治療の有無等について記録したデータも集積を始めている。患者血漿中のアンジオクライン分子群の濃度あるいは活性を測定、検出し、また採取細胞の分離培養実験も並行して進める。臨床検体を使用した実験については、今後も連携研究者らと協議を重ね、可能な限り多数の症例集積を目指すものとする。
動物実験が当初の予定より早く進み、係る経費を若干節約することが出来たため、次年度の繰越分は、ヒト検体・細胞実験に係る消耗品等の購入に充当する予定である。
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