細胞内シグナル伝達経路を司るプロテインキナーゼCファミリーの一つ、atypical protein kinase Cλ (aPKCλ) は、上皮の極性形成を制御している。aPKCλの活性化は基底細胞癌の増殖を促進することが報告されているが、我々が表皮特異的aPKCλを欠失したマウスを用いて2段階化学発癌実験を行ったところ、予想に反して有棘細胞癌が高頻度で発生することが判明した。すなわち、「aPKCλは基底細胞癌では増殖を正に、また有棘細胞癌では負に制御している」可能性が示唆された。そこで本研究では、皮膚癌の種類により相反する作用を持つ、aPKCλの機能的両義性の分子機序を解明することを目的として研究を行った。 研究最終年の令和1年度は、当科の臨床標本を用いて、免疫組織化学染色でaPKCλの有棘細胞癌における発現を検討した。aPKCには、aPKCλとaPKCζという、構造のよく似た2種類の分子種が知られている。文献的に両者を識別できるとされる抗体をいくつか購入して検討したが、私たちが調べた限り、両者を完全に識別できる抗体はなかった。この特異性の問題が解決されないかぎり、免疫組織化学染色で検討するのは難しく、この計画は一旦中断した。 発癌と創傷治癒に関して、昨年度、我々は、表皮特異的aPKCλ欠損マウスでは、創傷治癒が遅延することを報告したが、この変異マウスでは、上皮化した後の瘢痕収縮も遅延することを見出した。瘢痕収縮には真皮の線維芽細胞が大きく関与する。表皮でのみ欠損しているはずのaPKCλが、なぜ線維芽細胞の機能にまで影響を与えるのか、その解明が今後の課題である。
|