研究課題
研究課題は「高齢期における精神病性症状の神経病理学的基盤の解明」である。成人前期に発症する統合失調症などの精神病性障害との比較において、成人後期以降・高齢期に初発する精神病性障害の病態解明が目的である。今年度は、われわれの死後脳バンクから、生前情報を検索し、神経病理学的検討の上で、精神症状の検索をおこなった。神経病理学的評価を終えた62症例を対象として、精神科初診時年齢を50歳未満(平均発症年齢27歳)群、50歳以上(平均発症年齢70歳)群に分けて各神経変性疾患の頻度について臨床病理学的検討をおこなった。アルツハイマー病(AD)についてはIntermediate-あるいはHigh-likelihood、レビ-小体病(LBD)についてはlimbicあるいはneocortical subtype、嗜銀性顆粒病(AGD)についてはSaitoステージⅡあるいはⅢを有意に神経変性疾患ありとした。初診時年齢別の神経変性疾患の頻度は、40歳未満4/26、40歳代1/3、50歳代4/6、60歳代4/5、70歳以上18/22であった。50歳未満群(29症例:平均死亡時年齢67歳)では、AD(Intermediate-likelihood)が2例(死亡時年齢74歳と89歳)、ハンチントン病が3例だった。50歳以上群(33症例:平均死亡時年齢79歳)では、AD16症例(High-likelihood 10症例、Intermediate-likelihood 6症例)、LBD5症例(辺縁型4症例、大脳皮質型1症例)、CBD1症例、進行性核上性麻痺1症例、AGD8症例であった。双極性障害4症例では、AGDを含む神経変性疾患は認めなかった。50歳以上で初めて精神症状を呈する症例では神経変性疾患の関与を考慮すべきであり、50歳未満発症の精神疾患における神経変性疾患の関与は低いと考えられ新規知見を得た。
2: おおむね順調に進展している
今回対象にした保存死後脳(ブレインバンク)は、複数の精神科病院で病理解剖によって得られた脳組織である。その脳保存症例を、神経病理学的に検索し、CPC(臨床病理カンファレンス)を通じて病理確定診断を継続的におこなっている。すなわち、複数の神経病理学者の観察を背景に確定診断を下し、その情報とともに、これもまた複数の精神科専門医によって病歴を診療録によって再検討し、精神医学的評価がなされた。このような、複数の医師による臨床・病理の相関的評価は、通常の臨床ではおこなわれておらず、前述した研究実績は、貴重な医学情報である。また、病因病態解明においては、通常の古典的神経病理検索だけでなく、神経伝達の検討も必要であり、そのため剖検脳の一部を免疫染色のために特殊固定をおこない、本年度は準備段階であるが、死後脳での各種神経伝達物質の免疫染色が可能なことを確認した。一方で、これらに医学情報をより充実させるためには、より多数の脳の検討が必要である。それには、臨床情報を十分に備えた病理解剖による死後脳の継続的な蓄積が必要になる。いままでに蓄積した脳の検討だけでなく、ブレインバンキングの継続的な維持活動も重要である。今年度は、主として精神科病院において病理剖検を7例おこない、現在、それらの病理標本を作製中である。今年度は、昨年度以前に剖検がなされた症例についてCPCを14症例おこなって検討試料の充実を図った。さらに、そのブレインバンキング活動を充実させるためには、臨床から脳を提供していただく橋渡しが重要であるため、精神科臨床医の意識喚起も必要である。それについて、平成29年6月に開催された第113回日本精神神経学会でブレインバンクのシンポジウムにおいて臨床医にアッピールした。以上から、本研究課題について、継続的な臨床病理研究活動の基盤構築に資することができた。以上から進捗は概ね想定どおりと考える。
今後は、剖検脳の蓄積とCPCを通じた臨床評価および病理評価をあわせて推進する。そのなかで、医学的な学術進歩に貢献しうると思われる症例は積極的に学会報告および論文化に努める。一方で、このような古典的神経病理学的検索をへた症例にたいして、免疫組織学敵技法を用いて機能的な側面から病理学的異変を検討し、病因病態解明を目指す。とくに着目する脳部位としては、統合失調症の関心領域である側坐各、上側頭回、前頭前野、扁桃核などに着目する。すなわち、それらの部位に於ける変異の有無や、それが、いわゆる精神病性障害にどのように関連しているのかを明確にする。着目する神経伝達物質としては、とくに抗精神病薬の作用受容体に関係する伝達物質、すなわちドーパミン、セロトニン、アセチルコリン、GABA系神経伝達物質や、高次精神神経機能に関わるニューロペプタイドYなどの神経ペプチドに着目する。これらの特殊染色の準備として、染色条件の検討が必要であり、組織固定状況と各染色条件をまずは確認する必要があり、この実験系を確立させる。対象としては、CPCの検討から、ハンチントン病症例において、運動症状が(初発症状)前景となる群と、精神症状が(初発症状)前景となる群と、それらの症状がほぼ同時に起きる群があることがわかった。そこで、当初はハンチントン病の死後脳を用いて、精神症状前景群と運動症状前景群との病理学的な差異を検証することによって、精神症状が出現する機序を探索する。他方で、継続的な臨床病理研究活動の基盤構築し、ブレインバンク活動を維持するため、第114回日本精神神経学会(2018年6月)および第40回日本生物学的精神医学会(2018年9月)において公募採択されたシンポジウムにおいてブレインバンク活動を喚起することを予定している。
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