研究課題/領域番号 |
17K10434
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
榎本 敦 東京大学, 大学院医学系研究科(医学部), 講師 (20323602)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | STK38 / 温熱増感 / タンパク質分解 / カルパイン |
研究実績の概要 |
本研究は、細胞致死あるいは放射線増感に直結する原因タンパク質を生化学的アプローチにより同定し、放射線あるいは他の療法との併用による抗腫瘍効果における真の標的を明らかにするとともに創薬に向けた土台を構築することを目的とする。正常細胞と様々な癌組織由来の培養細胞を用いて、エックス線、紫外線、抗がん剤や温熱などの単独あるいは併用時によるタンパク質の挙動について二次元電気泳動および質量分析装置を使用したプロテオーム解析を実施した。その結果、温熱処理あるいはエックス線・温熱併用時特異的に発現量が低下する因子としてSerine-Threonine Kinase 38 (STK38)を同定した。STK38の発現低下はタンパク質分解酵素の阻害剤であるALLNやCalpeptinなどによって抑制されたことから、遺伝子発現レベルによる調節ではなく、タンパク質分解経路による翻訳後修 飾によるものであると推測された。次にin vitroにおいてリコンビナントSTK38がカルパインやユビキチン化によって修飾されるかを調べた結果、カルパインがSTK38をダイレクトに分解することを明らかにした。カルパイン切断部位を特定するため、種々の欠失変異体を作成し、カルパイン抵抗性を解析した。その結果、STK38のN端にカルパイン切断部位が複数あることを見出した。この結果は、バイオインフォマッティクスを用いたカルパイン切断部位予測サイトの結果とも矛盾しなかった。さらにカルパインが活性化するような条件であるカルシウムイオノフォアA23518を細胞に処理した結果、STK38の部分分解が誘導された。これらのことから、温熱処理によるSTK38の発現量低下はカルパインによる分解の結果であることが判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでに様々な細胞株を用いて温熱処理単独およびエックス線併用時にSTK38のタンパク質分解が起こることを見出した。これらのSTK38発現低下はカルパイン阻害剤により抑制されたことから、カルパイン経路の活性化によるものであることが推察された。そこでインビトロにおいてカルパインがSTK38を直接、分解することを見出した。一方、カルパインの活性化にはカルシウム濃度の上昇が必要であり、細胞内カルシウム濃度の上昇によるSTK38への影響を調べた結果、カルシウムイオノフォアA23187はSTK38を限定分解することを見出した。さらにカルパインによって限定分解された産物の分子量およびカルパイン切断予測ツールを用いた解析から、切断部位はSTK38のN端にあると予想した。そこでN端を欠失させたSTK38変異体を作成し、温熱感受性を解析した結果、N端欠失変異体は温熱に対して安定であったことから、STK38のN端は温熱・カルパイン感受性部位であることが示唆された。またSTK38は温熱やエックス線併用時においてユビキチン化を受けるが、MG132などのプロテアソーム阻害剤ではSTK38の分解を抑制できなかったことから、カルパインによる分解はプロテアソームによる分解より先だって行われている可能性がある。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに細胞を温熱単独やX線併用した際にSTK38タンパク質発現量が低下すること、その低下がカルパイン阻害剤で抑制され、in vitroにおいてカルパインが直接STK38を分解することがわかったため、細胞内におけるSTK38タンパク質の品質管理・分解制御機構について解明を進める。まずは温熱やエックス線照射によるカルパイン活性や細胞内刈るシム濃度の変化について解析する。さらに定常状態においてSTK38タンパク質がどのように安定性を維持しているかを明らかにするため、STK38の相互作用因子を細胞内に共発現あるいはノックダウンさせたときの温熱・カルパイン感受性を検討する。STK38の相互作用因子としてはキナーゼ活性調節因子してMOB1/2、MAPKファミリーに属するMEKK2など数種類が知られており、既にこれらの発現・ノックダウン用ベクターは構築済みである。一方、温熱処理によってSTK38の発現抑制が起こることは再現性よく確認できているが、実際の治療用機械を用いた場合においても再現性があるかどうかを検討する必要がある。そこで培養細胞が入ったフラスコを腫瘍温熱療法として臨床の現場で用いられているオンコサーミア治療機にかけてSTK38の発現レベルを解析する。また多くの癌培養細胞株においてSTK38の発現量および活性が亢進していることから、STK38の過剰発現あるいはノックダウン細胞の温熱感受性を比較し、温熱によるSTK38発現抑制の意義を解析する。
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次年度使用額が生じた理由 |
放射線・温熱によって誘導される翻訳後修飾に伴うタンパク質の挙動変化という点においては順調に研究が進行しており、試薬・消耗品の点において想定していたよりも節約が可能となった。また困難が予想された翻訳修飾部位の同定に関してもバイオインフォマティックスツールにより容易に解析することができ、時間的・経済的ロスすることなく順調に実験が進んだ。 一方、次年度に予定されているSTK38タンパク質の分解過程における相互作用因子の寄与についての検討においては、過剰発現系・ノックダウン系の解析に加え、そのメカニズム解析に多くの分子生物学的・生化学的アプローチが必要と見込まれる。さらには同定した翻訳修飾部位に対する抗体を作成する予定である。
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