研究課題/領域番号 |
17K10695
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
山口 淳平 名古屋大学, 医学部附属病院, 助教 (00566987)
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研究分担者 |
梛野 正人 名古屋大学, 医学系研究科, 教授 (20237564)
國料 俊男 名古屋大学, 医学部附属病院, 病院講師 (60378023)
横山 幸浩 名古屋大学, 医学部附属病院, 講師 (80378091)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 癌 / 膵癌 / TFF1 |
研究実績の概要 |
膵癌は予後不良の悪性腫瘍であり、新たな治療戦略の開発が必要である。Trefoil Factor Family 1 (TFF1)は近年癌抑制遺伝子としての作用が注目されている分泌型タンパクである。本研究の目的はヒト手術標本や遺伝子改変マウスモデルを用いることで膵癌の発癌機構を解明することであり、またTFF1を用いた新たな膵癌治療戦略の開発や、TFF1による膵癌発生予防の可能性を探ることである。さらに、バイオマーカーとしてのTFF1の有用性を検討して膵癌早期発見に役立てることを目標とする。 これまでの研究で、膵癌の前癌病変とされるPanIN(pancreatic Intraepithelial Neoplasms)やIPMN(Intraductal Papillary Mucinous Neoplasms)においてはTFF1が豊富に発現しており、また浸潤性膵癌においてはTFF1の発現が失われる傾向にあることが判明した。さらに、培養膵癌細胞を用いてTFF1の作用機序を検討したところ、TFF1抑制により癌細胞は上皮様形態から紡錘形に変形し、浸潤能が上昇することが確認された。癌の浸潤には上皮間葉転換(Epithelial Mesenchymal Transition; EMT)が必要とされるが、TFF1は癌細胞のEMTを促進することで癌の浸潤転移をコントロールしていることが示唆された。 また、膵特異的KRAS遺伝子変異を起こすPdx1:KRASG12Dマウス(KCマウス)とTFF1ノックダウンマウス(KC/TFF1KO)を交配したところ、生後12ヶ月のKC/TFF1KOマウスには多発する膵癌を認めた。これらの結果から、TFF1は膵癌の発生を抑制する癌抑制遺伝子であることが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
KCマウスでは膵臓に前癌病変であるPanINが発生することは広く知られているが、浸潤性膵癌が発生することは稀であり、KRAS変異以外に何らかの遺伝子異常が起きることが膵癌の発生に必要であることが示唆されている。我々は癌抑制遺伝子と目されているTFF1に着目してKCマウスに発生するPanINの特性を検討したところ、ここにTFF1が豊富に発現していることが明らかとなった。このPanINにおけるTFF1発現の意義を検討するためKC/TFF1KOマウスを作成したところ、それぞれのマウスは順調に発育し、一年間の経過を追うことが可能であり、その膵臓に発生する膵癌の腫瘍学的特性が徐々に明らかとなりつつある。 KC/TFF1KOマウスの膵臓においてはコントロールであるKCマウスに比較してPanINが広範囲に認められ、組織学的によりgradeの高い病変が多発する傾向にあった。生後6か月のKC/TFF1KOでは約80%のマウスに低分化膵癌に類似する単発性の腫瘍性病変が認められた。さらに生後12か月のKC/TFF1KOマウスにおいては約70%のマウスに多発する腫瘍が認められた。またKC/TFF1KOはKCに比べて優位に予後不良であった。これらの結果は、TFF1はマウス膵臓において前癌病変であるPanINから膵癌が発生することを抑制していることを示唆している。 ここまでの結果は予想に矛盾しない結果であり、研究は順調に推移している。しかしながらKC/TFF1KOマウスに発生する低分化膵癌はヒト膵癌とは組織学的にやや異なる像を呈している上に、顕微鏡的にしか確認できない小さな腫瘍のみであり、また他臓器への転移も認められていおらず、ヒトに発生する膵癌の再現にはまだ遠い。また、膵癌細胞を使った研究においてTFF1抑制はEMTを推進することが確認されてい入るが、その分子生物学的機序はいまだ不明である。
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今後の研究の推進方策 |
TFF1がPanINの悪性転化と膵癌の発生を促進させる分子生物学的機序を解明するため、各種膵癌培養細胞を用いてin vitroにおける研究を推進する。具体的には膵癌細胞に対してsiRNAを用いたTFF1の抑制を誘導し、各種EMTマーカーの変化を検討する。標的分子としてはEMTに関与するとされるzinc finger transcription factor (Snail, Slug, Twistなど)やcadherinなどの細胞接着分子を検討する予定である。 KC/TFF1KOマウスに発生する低分化膵癌がヒト膵癌と異なる性質を示す原因としては、TFF1の完全な抑制がヒト膵癌における変化とは異なる為である可能性がある。すなわちヒト膵癌は浸潤先進部ではTFF1の抑制がみられるが、その他の大部分では強いTFF1発現を示す傾向がある。このマウスとヒトに発生する腫瘍の相違を避けるため、あえて部分的なTFF1欠損をKCマウスに導入する。具体的にはKC/TFF1+/-マウスを作成して生後12か月まで経過観察し、発生する腫瘍をKC/TFF1KOと比較検討する。 ここまでの遺伝子改変マウスによる検討で前癌病変に対するTFF1の関与は明らかになりつつある一方で、完成した膵癌に対するTFF1欠損の関与はまだ明らかでない。現在KCマウスにさらにp53変異を追加したKPCマウスおよびKPC/TFF1KOマウスを作成中である。KPCマウスは若年期に浸潤性膵癌を発生することで知られたマウスモデルであり、この膵癌にTFF1欠損が生じることで現れる変化を比較検討する。またTFF1欠損が抗癌剤に対する耐性に関与する可能性がある為、KPCおよびKPC/TFF1KOにたいしてジェムザールを投与して抗癌剤感受性を比較検討する予定である。
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