脳梗塞急性期の病巣には、種々の炎症細胞が集積するが、主なものは活性化したミクログリアと血流中から浸潤した単球由来のマクロファージである。これら炎症細胞は梗塞脳に対し保護的で予後改善に働く面と、傷害的で予後増悪に働く両面があると考えられている。我々は、炎症細胞の性質を明らかにするとともに、これらの細胞の好ましくない性質を抑制し、好ましい部分を増強する治療法の開発を目指してきた。種々の試みの中で、ラット一過性中大脳動脈閉塞tMCAOモデルの予後を最も改善したのは、サイトカインのIL-3とGM-CSFの混合剤の皮下注射であった。皮下注射は、tMCAO翌日より1日1回、7日間連続して行った。10、30、60、90日後にMRI撮像し、脳梗塞に伴う脳容積の減少を計測、さらに90日後に脳を取り出し、実際の脳容積減少を計測した。また、水迷路など行動実験を行い、運動障害や空間認知学習能力を調べた。その結果、サイトカインの皮下投与は、tMCAOによる脳容積減少をおよそ50%抑え、空間認知学習能力や平衡運動機能を改善させた。その作用メカニズムとして、神経細胞においてアポトーシス抑制分子であるBcl-xLの発現上昇が考えられた。虚血負荷では神経細胞でミトコンドリア障害が生じてATP産生が低下し、アポトーシスにつながる変化として細胞表面にeat-me signal分子フォスファチジルセリンPSが露出して、これを認識するマクロファージや活性化ミクログリアが、なお生存可能な神経細胞を貪食除去してしまい、予後が悪化するとの仮説が提唱されている。サイトカイン投与によるBcl-xL発現の上昇により、神経細胞のミトコンドリア機能が保たれて細胞内ATPが増加し、細胞表面に露出するPSが減少して活性化ミクログリアや梗塞巣核心部の単球由来マクロファージによる神経細胞貪食が抑制されて、予後が改善されたと考察している。
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