研究課題/領域番号 |
17K10850
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
日だい 智明 日本大学, 医学部, 教授 (70228732)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 外傷性脳挫傷 / 血液脳関門 / 血管透過性 / 細胞骨格 / チュブリン |
研究実績の概要 |
本研究では、血液凝固第九因子のactivation peptideを化学的に合成し(F9-AP)、脳挫傷(TBI)モデルラットへの治療効果を検討する。 Wister-Kyotoラットを用いて、Controlled Cortical Impact (CCI) 装置による脳挫傷モデルを作製し、一ヶ月間観察した。治療群では 300μg/kg のF9-AP を PBS に溶解し、尾静脈より連日投与した。コントロール群では 同量のPBS を投与した。Sham手術群、コントロール群、F9-AP 治療群に対して、行動学的評価、組織学的解析を行い、比較・検討した。 治療群のラットはコントロール群のラットに 対して、著しい機能的、形態学的な改善を見せた。CCIによる陥凹部のサイズが、F9-APにより約80%縮小した。また、CCI後24時間での、脳浮腫、および血管透過性の亢進が抑制された。それらの解析から、CCI後の脳浮腫、炎症による二次的な変化の抑制により、機能的な改善が得られたと考えられた。特徴的なのは、エバンスブルーを用いて測定したアルブミンの漏出が70%以上も抑制されていたことである。アルブミンの移動はトランスサイトーシスに依存しているため、F9-APはトランスサイトーシスを制御して、CCI後の脳において血管透過性を抑制する可能性が示唆された。トランスサイトーシスでは、細胞骨格であるチュブリンが必須の働きをしている。培養細胞を用いた実験により、F9-APの投与により、培養血管内皮細胞の細胞間接着部に置いて、重合チュブリンが消失する現象が観察された。さらに、興味深いことに、重合チュブリンの無い細胞の辺縁部では、脂質ラフトの形成が抑制されており、そこでラメリポディア様の巨大な細胞突起が生じることを発見した。また、同部位には水チャンネルである、アクアポリンの集積が見られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究予定は以下の通りであった。 1、H29 年度はF9-AP の投与により CCI の病巣は時間的・空間的にどのように変化するのか、組織学的、 生化学的に明らかにする。 2、H30 年度以降:二次的脳損傷の軽減に主要な働きをする遺伝子群を同定する。 1、の目標については、F9-APが受傷以後24時間でのBBBの機能を著名に改善し、その治療効果は急性期から顕著であることが判明した。そのため、研究の焦点を急性期に絞ることができるようになり、十分な成果を上げることができた。 2、については、シャム群、コントロール群、治療群のラット脳よりRNAを抽出し、現在遺伝子発現様式の解析により、脳挫傷改善に寄与する遺伝子群を同定する予定であった。しかし、遺伝子発現解析では、F9-APが効果を表す超急性期において、さらなる解析に進むべきと思われる遺伝子を見つけることができなかった。一方、チュブリンの解析から始まった研究では、チュブリン重合の抑制と、細胞膜の脂質ラフトの形成が関連しており、それが細胞突起の発達を促して、血管透過性を抑制する可能性が示唆された。また、そこでは細胞突起の形成に関わるアクアポリンが関与している可能性もある。これらの実験結果は、本研究が最終的に目的とする、脳挫傷の治療法の開発にアプローチする別のルートを発見したことになる。さらに、近年、古くからあるチューブリン重合阻害薬であるコルヒチンが心血管イベントを抑制することが報告されている。チュブリン作用薬が血管内皮保護作用薬として使用できる可能性が本研究により示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
1、F9-APによるチューブリン重合抑制作用が、脂質ラフトの形成を抑制することを確認する。さらに、それによって、細胞膜表面のアクアポリンが活性化し、細胞内に水が流入して、細胞の伸展が起こり、細胞間間隙が塞がることによって、内皮透過性が抑制されることを示す。 脂質ラフトの形成の評価には、CTxB、抗GPIアンカータンパクなどの試薬により評価する。アクアポリンの分布は、免疫染色で調べる。細胞への水の流入については、共焦点顕微鏡で高さを変えながら細胞の横断面画像を撮影し、近似的な立体像を構成することにより、評価できる。アクアポリンの阻害剤である、水銀を用いて細胞膨張(伸展)の変化を観察する。 2、F9-APによるチュブリン重合抑制が内皮細胞に及ぼす影響が、コルヒチン、ビンクリスチン等の既存の抗チュブリン薬にもあるかどうかを、培養細胞を使って実験する。抗チュブリン作用を持つ既存の薬物を購入し、培養細胞系で、1、で観察された指標を用いて評価する。もし、F9ーAPと同様な効果のある薬剤があれば、ラットCCIモデルでの薬効を行いたい、
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次年度使用額が生じた理由 |
研究代表者は、申請時には日本大学医学部生理学分野准教授であったが、異動により、令和元年6月1日付で、日本大学医学部医学教育センター教授となった。異動による引っ越し、研究室の整備、職員のリクルートの為に、十分なエフォートを実験に割けなくなり、計画に従った研究の遂行が困難であった。その為、未使用の金額を次年度に繰越す手続きをとった。 今年度の研究では、F9-APが細胞間接着を安定化する機序の解明を計画している。特に、細胞骨格のチュブリンと細胞膜の脂質ラフトの関係に注目している。研究では、まず、培養細胞を用いてチュブリンと細胞間接着の関係を検討する。さらに、これまでの実験により、F9-APはチュブリン重合を阻害すると推察されるため、既存のチュブリン作用薬から類似の機能を持つ薬物を選ぶ。これを、ラットの実験系に投与して、臨床応用について検討する。研究費は、細胞培養系の維持、ラットの購入と飼育、それらから採取したサンプルの解析に必要な試薬等に充当する。
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