本研究では、血液凝固第九因子のactivation peptideを化学的に合成し(F9-AP)、脳外傷モデルラットへの治療効果を検討した。Wister-Kyotoラットを用いて、Controlled Cortical Impact (CCI) 装置による脳挫傷を作製し、一ヶ月間観察した。治療群では300μg/kg のF9-APを尾静脈より連日投与した。コントロール群では同量のPBS を投与した。Sham手術群、コントロール群、F9-AP治療群に対して、行動学的評価、組織学的解析を行った。治療群のラットはコントロール群のラットに対して、著しい機能的、形態学的な改善を見せた。特に、平均台の上を渡る試験ではF9-APの効果は著名であり、その効果は観察を終了する1ヶ月後まで持続した。CCIによる陥凹部のサイズはF9-APにより約 80%縮小しており、周囲の神経細胞の残存率も高かった。興味深いことに、エバンスブルーを用いて測定したアルブミンの血管外漏出が70%以上も抑制されていた。アルブミンの移動はトランスサイトーシスに依存しているため、F9-APはトランスサイトーシスを制御して、外傷後の脳において血中から組織への物質の移動を抑制すると考えられた。培養細胞を用いた実験では、F9-APの投与により、培養血管内皮細胞で脂質ラフトの形成とチュブリンの重合が抑制されていた。また、F9ーAPの投与により、炎症を司る転写因子であるSTAT3の細胞質から核への移動も抑制されていた。組織障害に伴う炎症は、細胞膜上の特殊な脂質ラフト(inflammaraft)で起こるという仮説が提唱されている。F9-APはinflammaraftの形成や、そこから先のチュブリンによる細胞内の物質移動を抑制する可能性がある。
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