研究課題
本研究は、神経幹細胞をラットの脊髄損傷後亜急性期および慢性期の損傷部に移植することで、新たな神経回路を移植組織と宿主との間に形成させ、最終的には障害された運動機能の回復を目指すものである。本年度は、頚髄の部分切断モデルを使用して、神経幹細胞による神経回路再形成が、慢性期であっても亜急性期と同等に作成可能かを組織学的に検討した。成雌FisherラットにC4脊髄後索切断を施行し、6ヶ月経過した慢性期と2週間経過した亜急性期の損傷部に同系GFP陽性の胚性脊髄由来の神経幹細胞を損傷部に移植した。移植に際して、損傷部の瘢痕切除などの外科的処置は併用しなかった。また、成長因子も添加しなかった。BDAを大脳皮質に注入して、皮質脊髄路軸索を標識した。移植後8週で還流固定し、脊髄の矢状断切片を免疫染色によって組織学的に検討した。慢性期に移植された神経幹細胞は、損傷部を新しい神経組織で再構築し、その神経細胞数は亜急性期移植と変わらなかった。移植神経細胞は旺盛にその軸索を宿主内へと伸展させた。その軸索伸展の程度は、亜急性期移植と有意な差を認めなかった。皮質脊髄路軸索も旺盛に移植細胞内へと再生したが、亜急性期移植には有意に劣っていた。細胞移植をしない場合、慢性期の損傷部はグリア瘢痕で覆われていたが、細胞移植によりその程度は有意に減少していた。これらの結果は、亜急性期ほどではないにしても、慢性期であっても、移植された神経幹細胞は宿主と神経回路を形成することができることを示唆している。
2: おおむね順調に進展している
ラット脊髄損傷後の慢性期に神経幹細胞を移植し、損傷部を新しい神経組織で再構築できたことは、過去の報告から鑑みるに大きな成果だと考える。また、生着した神経細胞数、および移植神経細胞から宿主内へと進展する軸索数が、亜急性期移植と遜色なかったこと、また、皮質脊髄路軸索の再生も、亜急性期ほどではないにしても、一定数観察されたことは、より阻害的環境である慢性期であることを考慮すると、非常に興味深い結果と考える。これらの成果の一部は、日本整形外科学会、日本整形外科基礎学術集会、日本脊椎脊髄病学会などで発表した。以上の点から、進捗状況は概ね順調に進展していると考える。
まずは、本年度に行なったラット頚髄部分損傷モデルを使用した解析を終了させる。具体的には、電子顕微鏡を用いた移植神経細胞と宿主のシナプス形成の有無の確認、各種組織学的評価の定量の終了である。これらは、すでに確立した方法を使用するので、技術的課題は特にないと想定している。そして、一連の結果を論文化したあと、引き続いて、ラット完全切断モデルを使用した、同様の組織学的検討と運動機能回復の有無の検討を行う予定である。損傷範囲が大きくなり、瘢痕も増えることから、細胞移植に際しての技術的なハードルが高くなることが予想されるため、ある程度の試行錯誤を想定している。また、部分損傷モデルを使用しての、ヒト神経幹細胞移植の効果検討も行なっていく予定である。
H29年度は、研究協力者の学会発表の旅費を計上していたが、その必要がなくなったこと。試薬、抗体、動物などを当初の予定よりも、効率よく使用することができたことより、支出を抑えることができた。H30年度は、ヒト細胞培養用の高価な試薬、予定よりも多くの動物の使用が予想され、申請時よりも多くの支出が予想される。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 4件、 査読あり 4件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 1件、 招待講演 2件)
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