研究課題
変形性関節症(OA)では滑膜病変が高度な症例において痛みが強く、また疾患が進行するリスクも高いことが近年の疫学研究の結果から明らかになってきた。従来、OAは軟骨の疾患と考えられてきたが、このような疫学研究の結果を踏まえれば、OAの滑膜病変は軟骨変性に伴って生じる二次的なものではなく、OAの症状発現や軟骨基質の変性消失に積極的に関与する、OAの病態において中核をなす変化とも考えられる。しかしOAにおける滑膜病変の成因についてはいくつかの仮説はあるものの、よくわかっていないのが現状である。本研究の研究代表者らは以前からOAの滑膜病変に着目して研究を進めており、今までにOA、関節リウマチ(RA)および剖検例の病的所見のない膝関節から採取した滑膜について、cDNAマイクロアレイによる遺伝子発現の解析を行って3群間の遺伝子発現プロファイルの比較・解析を行ってきた。またこれと並行してOA関節液についても解析を進め、OAの関節液中には多量のMMP-1、2、3が含まれること、またOAの関節液においてこれらのMMPの濃度と軟骨基質の変性産物の濃度の間に正の相関があり、これらのMMPがOA関節において実際に軟骨基質の変性に関与している可能性があることを明らかにしてきた。さらに実際のOA症例から採取した関節液を用いた実験から、関節液中のこれらのMMPは活性化されれば実際に軟骨基質を変性させる能力があることも明らかにしてきた。本研究の目的はこれらの知見を背景として、シグナル伝達系の半網羅的な解析を行うことでOAにおける滑膜病変の成立機序を探ることであった。
2: おおむね順調に進展している
研究第二年度に当たる2018年度(本年度)には研究をより厳密に行うために、関節液中のMMP-1、2、3がどの組織に由来するかについて改めて検討を行った。OAでは関節水腫の存在が示すように滑膜の血管透過性は亢進しており、血漿中のMMPが関節液に移行している可能性も考えられる。そこで膝OAの8症例について血漿を採取して3種のMMPの濃度を比較した。その結果、血漿にはMMP-1が平均107 pg/mlと極めて低い濃度でしか存在せず、MMP-3も28.9 ng/mlと関節液中の濃度の数%程度しか含まれていないのに対し、MMP-2は平均241.8 ng/mlと他の2つのMMPに比べかなり高い濃度で血漿に含まれることが明らかになった。この結果から関節液中の3種のMMPのうちMMP-1、3はそのほぼすべてが関節内での産生と考えられるのに対し、MMP-2については血漿からの移行も一定の割合であるものと考えられた。本年度はさらに当初の予定通りMMP-1, 3の発現に関連するシグナル伝達系の解明を行った。なお、本年度は当初OA滑膜、RA滑膜の両方について解析を予定していたが、研究経費の制約からOA滑膜の解析のみとなった。前年度までの解析により個々の検体(滑膜組織)についてMMP-1, 3の遺伝子発現レベルが決定されていたので、その結果に基いて2種のMMPが高発現、低発現している組織をぞれぞれ2検体選び、ホモジナイズによってタンパクを抽出して2種の抗体アレイ(Human Phosphokinase ArrayおよびHuman Phospho RTK Array、R&D Systems)による解析を行った。この解析では条件検討に予想以上の時間と労力を要したが、最終的にMMP-1、3が高発現している滑膜組織において、Akt、c-Jun、ERKのリン酸化が亢進している可能性があるという結果を得た。
本年度の解析によって、上述のようにOA滑膜においてMMP-1、3の発現に関与するシグナル伝達系に関して一定の知見を得た。研究代表者は以前よりOA滑膜においてMMP-1、3の発現が同時に亢進する機序として、マトリクスの変化に伴う線維芽細胞の活性化が原因ではないかと考えてきたが、2018年度の研究結果はその仮説を裏付けるものであった。当初、2018年度にはOA滑膜に加えてRA滑膜についてもMMP-1、3の発現に関与するシグナル伝達系を検索し、さらにOA滑膜についてMMP-2、14、uPAの発現に関与するシグナル伝達系の特定も予定していたが、実際には研究経費の不足からこれらの検討は次年度に行う予定となった。MMP-2、14、uPAについては、これらがいずれも血管新生に伴って発現が誘導されるタンパク分解酵素であることから、OA滑膜において血管新生に伴って発現が誘導されている可能性がある。もしこれが事実であるとすれば、OA滑膜においてこれら3つの遺伝子の発現には、血管新生に関連するPKC、PI3K、ERK などのシグナル伝達系が関与することになる。研究第三年度にはこれらの知見を踏まえて仮説の検証を行う。さらに第三年度ではシグナル伝達系が特定されたのち、研究経費が許す範囲でいくつかのリン酸化タンパクについてはELISAやLuminexを用いて定量的解析を行い、タンパク分解酵素の発現レベルとの関連を検討することも予定している。なお、第三年度に行われる抗体アレイによるシグナル伝達系の解析については実験の手法は2018年度でほぼ確立されており、解析に際して技術的な問題は生じないものと考えている。
上述のように、研究第二年度にはOA滑膜についてMMP-1、3の発現に関与するシグナル伝達系を特定しただけであり、RA滑膜との比較やMMP-2、14、uPAの発現に関連するシグナル伝達系の特定は研究第三年度に行われる予定である。OA滑膜とRA滑膜の比較においてMMP-1、3の発現の相関は両者に共通した現象であるが、MMP-2、14、uPAの発現の相関はOA滑膜においてのみ認められ、RA滑膜では発現の相関は認められない。OA滑膜とRA滑膜の解析結果を比較することによって両者の滑膜病変の共通点、相違点がさらに深いレベルで明らかになると思われる。ただしこれらの解析を行うためには抗体アレイが最低でも合計12セット必要になる。第三年度にはこれらの購入に相応の研究経費を要す見込みである。また特定のリン酸化タンパクについては定量的解析を行う予定もあり、その場合にはそれに応じた研究経費が必要になる。OAにおける軟骨の変性についてはMMPなどタンパク分解酵素の発現ばかりに目が行きがちであるが、実際にタンパク分解がマトリクスを分解する過程を考えれば酵素の発現以外に加えて酵素の活性化についても考慮する必要がある。MMPの活性化にはuPA-plasmin系が重要であることはよく知られており、このことから研究代表者らはMMP-2、14、uPAの発現に関連するシグナル伝達系の解析結果にとくに関心を持っている。
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