血管内皮細胞の内膜面には内皮グリコカリックスとよばれる糖鎖の層が存在し多様な機能をもつ。内皮グリコカリックスは、第1に透過選択性のある防護壁として、第2に酵素、補酵素、液性伝達物質の局所濃度調節領域として、第3にシェアストレスといった物理的刺激のシグナル伝達経路の一部として働いている。 血管内皮の機能を維持する上で内皮グリコカリックスそのものを治療の対象とし、内皮グリコカリックスをどう保護し修復させるかが論点となっている。これまでに私は、糖鎖分解酵素処理が内皮依存性弛緩反応を抑制し、セボフルランがその抑制を改善させることを示した。内皮グリコカリックスの保護・修復に関して、他に内皮依存性弛緩反応における麻酔薬の効果を明らかにした報告はない。麻酔薬が内皮グリコカリックスの障害を抑制することにより、内皮依存性血管弛緩反応を保護する効果があるという仮説をたて、内皮グリコカリックス障害時の内皮依存性弛緩反応における麻酔薬の効果およびその機序を明らかにすることを本研究の目的とする。 セボフルラン、あるいはプロポフォールの存在下、非存在下で過酸化水素処理後、アセチルコリンによる内皮依存性血管弛緩反応を比較し、麻酔薬によるグリコカリックス保護作用を検討する。また、形態学的、生化学的にグリコカリックスの分解産物を定量化することで障害の程度を評価する。以上の結果を総合して麻酔薬のグリコカリックスへの効果を明らかにする。 本研究を足がかりとして、グリコカリックスの他の機能に関する応用、すなわち、選択性のある防護壁としての機能保持をめざす輸液管理、特に、近年着目されている制限輸液療法、目標志向型輸液療法を行う上での血管外への輸液のシフトをコントロールすることが可能となる可能性、薬剤濃度の局所分布までをシミュレートした薬剤投与といった新たな周術期管理の視点を期待できる点が本研究の意義である。
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