本研究を通じて以下のことが解明された。1.局所麻酔薬ブピバカインは用量依存性,時間依存性にSH-SY5Y細胞の生存率を低下させる。2.各種イオンチャネル阻害薬の中で,T型カルシウムチャネル阻害薬NNC55-0396のみがブピバカインの神経毒性を著明に増強する。3.細胞内カルシウムキレート剤は神経毒性に影響を与えないが,細胞外カルシウムキレート剤は神経毒性を増強し,細胞外カルシウム濃度の上昇は神経毒性作用を抑制する。4.ブピバカインによる神経毒性はカスパーゼ3活性の上昇,ミトコンドリア膜電位の脱分極,細胞内活性酸素の上昇を伴っている。5.ミトコンドリア膜電位の脱分極を抑制するATP感受性カリウムチャネル開口薬はブピバカインの神経毒性作用に拮抗しない。 とくにT型カルシウムチャネル阻害ならびに細胞外カルシウム濃度の局所麻酔薬神経毒性作用に及ぼす影響は新しい知見であった。カルシウムチャネルの中でT型カルシウムチャネルのみが神経毒性作用に影響を及ぼすのは驚きであった。また,従来カルシウムは細胞毒性を増強すると考えられてきたが,本研究ではむしろ細胞保護的に作用することも予想外の結果であった。 局所麻酔薬の神経毒性による局所麻酔後の神経障害は稀ではあるが今でも一定の確率で発生している。知覚運動障害が重篤な場合には麻酔後の患者の日常生活にも大きな影響を及ぼしかねない。本研究で局所麻酔薬の神経毒性を軽減するいくつかの経路が示唆された。ATP感受性カリウムチャネルオープナーなどによるミトコンドリア膜電位の維持は神経毒性に拮抗しなかったが,カルシウムや抗酸化物質の添加などが局所麻酔薬の神経毒性作用を抑制する可能性も示唆され,今後の研究課題としたい。本研究の結果に関する論文は現在執筆中である。
|