研究実績の概要 |
先天的な遺伝子変異は術後悪心嘔吐(PONV)の発症と関与する.しかし遺伝子変異は人種間で大きな差異があるため,欧米発の知見を日本人の手術患者に容易に適用できるわけではない.今回,われわれは日本人特有の一塩基多型(SNPs)に着目し,ゲノム全体にわたってPONV発症との関連を手術患者で検討した.本研究の目的は新規の制吐薬創薬を視野に入れたPONVの脳内機序の解明である.対象は全身麻酔を受けた256名の患者.まず静脈内PCAを用いた乳房手術と硬膜外麻酔を用いた婦人科手術で,PONVを発症した患者12名と発症しなかった患者12名のゲノムDNAを,DNAマイクロアレイを用いて,日本人に特有なSNPsを含む659,636ヶ所の変異に関して遺伝子型を決定した.次にスーパーコンピュータを用いて,連鎖不平衡にある24,330,529ヶ所のSNPsの遺伝子型を補完した.すべてのSNPsについてFisherの検定でPONV発症と関連を検討し,P値が10-4以下であった78SNPsを同定した.さらにVariant Annotation Integrator(UCSC Genome)を用いて,エクソンやシス調節領域にある4SNPsを抽出した.2SNPsは各々,PTPRD遺伝子の転写因子結合部位とTNRC18遺伝子のDNase高感受性部位に存在した.他の2SNPsは長鎖非翻訳RNAを転写するCARMN遺伝子とMIR4300HG遺伝子のエクソンに存在した.最後にこれらの4SNPsについて256名のすべての患者でリアルタイムPCRを用いて遺伝子型を決定し,PONV発症との関連を検証した.MIR4300HG遺伝子のrs11232965-SNPがPONVの発症と関連があることが明らかになった(カイ2乗検定,3遺伝子型間:p=0.01;2アリル間:p=0.007).さらにわれわれは嘔吐するモデル動物スンクスを用いてMIR4300HG遺伝子がコードする長鎖非翻訳RNAがヒト以外の哺乳類で存在・機能しているかを検討することにした.遺伝子発現実験を主にスンクス脳内で類似の長鎖非翻訳RNAを検索したが,残念ながらMIR4300HGと同様の分子は同定できなかった.
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