聴覚生理における女性ホルモンの影響について、月経周期や閉経の影響などさまざまな報告がなされており、老年性難聴の聴力閾値に男女差があることも知られている。このことから本研究では、加齢と共に変化する女性ホルモンの聴覚生理における役割を明らかにすることを目的とし、卵巣切除モルモットにエストロゲンを投与し、モルモット内耳の蝸牛血管条機能に対するエストロゲン濃度変化の影響を評価することを目的としてきた。 他家およびわれわれの研究では、加齢に関係したエストロゲン量の変化が影響した聴力変動において、内耳蝸牛内のカルシウム代謝が重要であると考えられたた。したがってエストロゲンによるイオン代謝変化の影響を局所的に評価するため、細胞内シグナル伝達機構を介したイオン輸送経路の影響を評価することとした。具体的にはモルモットに対して全身麻酔下に側頭骨内耳骨包の開放を行い、経血管条的な電極の挿入によって蝸牛内直流電位(Endocochlear potential: EP)を測定し、同時に経血管条的に刺入したガラスピペットから内リンパ腔への薬剤投与を行い、EPの変化を観察した。 得られた実験結果として、1. PKAの特異的阻害剤であるPKAiを内リンパ腔に投与してもEPに有意な変化は無く、無呼吸負荷によるEP低下は抑制されなかった、2. PKCの選択的阻害剤であるrottlerinを内リンパ腔に投与すると、無呼吸負荷によるEPの低下が抑制されたが定常時のEPは変化しなかった、3. カルモジュリン阻害剤であるW-7を内リンパ腔に投与すると、EPは著明に低下した。 以上の結果から、内耳蝸牛内においてはカルモジュリンを介した細胞内カルシウム代謝機構がEPの発生と維持に関与している可能性が示唆された。
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