我々人類は外界からの情報の90%以上を視覚から得ており、この重要な視覚情報を担う眼球の中で、角膜は前眼部を構成する主要組織である。特に角膜上皮は外界と絶えず接し、物理学的にも生理学的にも極めて重要な機能を担っている。これまでの一連の細胞生物学的な研究から、角膜上皮幹細胞は角膜輪部に存在することが間接的な状況証拠から報告されているが、その幹細胞の分子レベルにおける生理機構、細胞動態に関してはほとんど解明されていない。そこで組織幹細胞を用いた角膜再生医療の臨床基盤技術開発を念頭に、角膜上皮幹細胞の生体内での恒常性維持機構を分子レベルで解明することを主目的とし、近年の精力的な基礎研究から、タンパク質をコードしていないnon-coding RNAの一種であるmiRNAに注目した。解析方法として、スイス連邦工科大学より導入した角膜上皮幹細胞の単一細胞レベルでの網羅的な機能性miRNAプロファイルを作成し、miRNA 205がヒト角膜上皮幹細胞で有意に発現が亢進していることを、複数のヒト角膜上皮細胞群においてその再現性を確認した。miRNAは生体内の様々な部位に存在し、発生・分化・癌化などの生命現象や幹細胞分化制御に深く関与していることが報告されている。そこで、miRNA205の生体内での機能解析を行った。方法としては、近年の最新の遺伝子組み換え技術を応用して、miRNA-205の遺伝子改変マウスの作成を試みた。miRNA-205ノックアウトマウスは胎生期に皮膚の形成不全により致死的であった。そこで胎生期および生後5日までの角膜上皮の形態学的、細胞生物学解析を行った。WTと比較して、重層化の程度など軽微な変化は認められたが、あきらかな形態学的・細胞生物学的差異はなかった。以上より、miRNA205は角膜上皮幹細胞において胎生期と成体における機能が異なることが示唆された。
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