研究課題
癌の転移においては、上皮間葉転換(EMT)により癌細胞の組織浸潤が可能になった後、転移先での癌細胞の定着と再増殖が重要であり、再び上皮様細胞の性質を持つ必要がある。この性質を誘導する因子として間葉上皮転換(MET)の関与が示されている。これまでに、ヒト口腔扁平上皮癌細胞(hOSCC)であるHSC-4細胞株では、TGF-β1によりEMTが誘導されることを我々は報告している(J Biochem, 153:303-15, 2013, 159:631-640, 2016)。一方、BMP-2は、HSC-4細胞のMETを誘導することを見出している(Oncol Rep 37:713-720, 2017)。この結果、HSC-4細胞はBMP-2とTGF-β1の両者に応答する初めてのhOSCC細胞であることが示されたため、EMT/METを伴う浸潤・転移メカニズムを解析するシステムとして用いた。当該年度においては、まず単純な系として、TGF-β1刺激によりEMTを誘導した HSC-4細胞について、BMP-2刺激によるMET誘導が可能かを調査したが、現在までに、その条件を見出せていない。逆に、BMP-2の効果はTGF-β1により打ち消すことが可能であった。この原因として、TGF-β1刺激によるBMP阻害因子の発現誘導の関与が示された。そこで、他の因子あるいはBMP-2と共同でMETを誘導する可能性について検討を行なった。そのために、癌組織の微少環境であるニッチを構成している成分の一つである、癌関連線維芽細胞(CAF)からの因子について解析を行った。この結果、CAFの培養上清は、EMTを増強する作用が見られ、これに応答してHSC-4細胞から、数種類のサイトカイン/ケモカインの発現上昇が見出された。
3: やや遅れている
TGF-β1 刺激によるEMT誘導されたHSC-4細胞のMET誘導化が困難な原因を調査するため、TGF-β1とBMP-2 とのシグナルクロストークの解明を行なった。その結果、TGF-β刺激によりSmad 経路の分解に関わるE3 リガーゼ類や、SnoNなどのSmad経路抑制タンパク質の発現上昇が見出された。また、TGF-β1により、NogginなどのBMP阻害タンパク質の発現上昇が見出された。このため、TGF-β1刺激によりEMTを誘導されたHSC-4細胞においては、その後のBMP-2の単独刺激では、METを誘導することが困難であると考えられた。そこで、他の因子を考える上で、ニッチに存在する癌関連線維芽細胞(CAF) と腫瘍細胞との相互作用について調べた。そのモデル系として、HSC-4 細胞とCAF との共培養系の作成を現在進めている。最初に、癌細胞及びCAF から産生されて細胞外に放出される因子の影響を見るため、各培養上清をそれぞれの細胞に加えて、その作用についてサイトカインのmRNAのプライマーアレイを行い、網羅的に解析を行い、変動の見られた因子についてqRT-PCRにより確認を行っている。この結果、いくつかのサイトカイン/ケモカインの発現変化が見られている。
癌関連線維芽細胞(CAF)との相互作用に注目した新たなEMT/MET調節因子を探索して、ヒト口腔扁平上皮癌細胞におけるin vitro浸潤・転移のモデルを確立し、浸潤・転移を抑制する新たな分子標的を見出すことを目的とする。そのため最終年度である2019年度では、TGF-β1とBMP-2とのシグナルクロストークによるHSC-4細胞のEMT/MET変換機構に、CAFがどのように影響するのかについて調査する。(1) TGF-β1 とBMP-2 とのシグナルクロストークについては、TGF-β及びBMP 受容体の発現変化や内部への移行について、調査を行い全容の解明を行う。 (2) CAF との相互作用によるEMT/MET 誘導化因子の発現と浸潤・転移促進因子の同定を行う。まず癌細胞とCAF 間の相互作用により産生されて細胞外に放出される新規の癌浸潤・転移促進因子の同定を引き続き行う。これには培養上清のプロテオーム解析あるいは線維芽細胞におけるmRNAプライマーアレイにより行う。解析には、TGF-β 刺激による線維芽細胞株(マウス由来のNIH-3T3)とHSC-4 細胞との共培養系を用い、qRT-PCR及びELISAにより同定を行う。見出された因子については、組換え体を用いて、その機能解析を行う。(3) EMTが誘導されたHSC-4細胞のヌードマウスでの転移能を調べると共に、BMP/サイトカインに対する阻害物質あるいはsiRNAにより、機能あるいは発現を抑制させて、その転移が抑制されるかを調べる。これらの結果により、EMT/METに関与する因子の確定を行う。
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すべて 雑誌論文 (8件) (うち査読あり 5件、 オープンアクセス 5件) 学会発表 (6件)
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