本研究は数学の一分野である組合せ論と,情報通信の基礎理論の一つである符号理論を軸に据えた,情報科学における理論研究である.既存の枠組み内での技術向上による情報処理機器の性能改善が,その原理的限界を遠くない将来に迎えることが予見されるという背景のもと,既存の枠組みの物理的限界を打ち破る可能性を秘めた,革新的な情報処理の仕組みの実現に向け,基礎理論を模索する基礎研究である.本研究で取り上げる代表的な次世代の革新的情報処理方式には,量子力学的な情報の操作を許す量子情報処理や,有機分子の特性を利用する分子情報処理などが挙げられるが,いずれの情報処理方式においても,それぞれ固有の技術的課題があり,現段階では実用に耐えるものではなく,盤石な基礎理論の構築が望まれているのが現状である.本研究の目的は,これらの次世代情報処理方式における最も基礎的な部分である情報の伝達と保持について,符号理論,同期の理論,並びにデザイン理論などの離散数学を有機的に活用することで,これまでより信頼性と効率性の面で大幅な改良を可能にする理論基盤の構築に資することである.
なお,昨年度,上述の情報処理の一つに特化した研究ではなく,傍で研究を進めていたより抽象度の高い研究において予想外の進展が見られたため,最終年度である本年度においても引き続き,より一般的な符号理論的研究を中心とすることとした.最終年度においては,昨年度において得られたX符号と呼ばれる組合せ構造について,情報圧縮や誤り訂正といった応用の場面で,実用上の要請からくるより厳しい数学的条件を満たすような特殊例について,その存在生と効率的構成法を理論的に示した.また有限幾何学を用いた誤り訂正の仕組みについて,経験的に知られていたその有効性について,理論的な根拠を一定程度与えることに成功し,これらの研究成果と関連する組合せ論においても知見が深まった.
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