本研究は、多様な感覚刺激に対するヒトの脳活動を解析することにより、脳活動から印象や感情を解読する脳情報デコーディング技術を開発するとともに、多様な印象や感情が脳でどのように表現されているかを明らかにすることを目的とするものである。最終年度には、これまで中心的に進めてきた動画刺激提示中の脳活動解析に加え、多様な印象・感情ラベルがつけられた音楽刺激を提示中の脳活動解析も行った。動画刺激提示中の脳活動解析では、動画にタグづけられた34の感情カテゴリや14の情動次元のスコアが、脳の様々な部位からどの程度精度良く予測できるかを検討し、予測したスコアから被験者の感情状態を推定する技術の開発を行った。この解析では、脳から予測した感情カテゴリのスコアに対して次元圧縮の手法を適用することで、34の感情カテゴリとの対応が取れた2次元のマップ上で、被験者の感情状態を可視化することに成功した。これにより、従来の研究において実現されてきた少数の基本感情や情動次元の感情状態予測よりも、さらに詳細な印象・感情状態の特定が可能となった。上記の研究成果に加え、研究期間全体を通して、感情惹起刺激に対するヒトの脳活動の反応が、ポジティブ-ネガティブ次元や覚醒-睡眠次元のようなコア・アフェクトを中心とする情動次元よりも、個々の印象・感情のカテゴリの違いによって、より精度良く説明できることが示された。また、これらの印象・感情情報が、刺激の視覚情報や意味的な情報とは異なり、脳全体の階層における高次の脳部位とされるデフォルトモードネットワークを中心に表現されていることが明らかになった。本研究は、個々の印象や感情が広範な脳部位で重なりを持ちつつ分散的に表現されるという仮説を支持するものであり、従来の脳研究で考えられてきた、個々の感情が特定の限局された脳部位において表現されるという考え方を見直す契機を与えるものとなった。
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