揮発性有機化合物(VOC)は、大気中の雲の形成や対流圏オゾン、エアロゾル生成に寄与することで、地球の気候システムに影響を及ぼす。海洋は大気VOCの収支に強く影響することが示唆されているが、海水中のVOC濃度は海域や季節によって大きく変動するため、海洋がVOCの放出源なのか吸収源なのか未だ把握できていない。本研究では、海洋表層のVOC濃度分布の支配要因を解明するため、実験的解析により海洋微生物に着目したVOCの生成分解プロセスの定量評価を行った。 2020年度は、これまでに構築したモニタリング培養システムを用いて、植物プランクトンから生成されるVOCの定性・定量評価を実施した。これまでに本研究代表者が実施してきたVOC濃度分布の観測によって、親潮域における珪藻のブルームが局所的な海洋および大気中のVOC濃度に大きく影響を及ぼすことが示された。そこで、ブルームを引き起こす珪藻に着目し、生成されるVOCの種類と量が成長段階によって変化するのかを明らかにすることとした。その結果、珪藻はイソプレンと含硫黄VOCである硫化ジメチルとメタンチオールを生成することが示された。また、細胞当たりのVOC生成速度は、増殖期で最も高く、次いで死滅期において含硫黄VOCの生成速度が高い傾向がみられた。したがって、成長段階によって、珪藻によるVOCの生成速度とその組成が変動することが明らかとなった。この結果から、海洋表層のVOC濃度分布は植物プランクトンの現存量だけでなく、その成長段階にも影響されうることが示唆された。
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