環境-生態系の物質循環には未だ解明できていない過程があり、地球環境変動の仕組みを理解しようとする上での問題となっている。こうした中、申請者は、未解明な物質循環過程の一つである、コケ植物による大気降下物の吸収に着目することで、森林生態系の物質循環の解明につながると考えている。特に、黄砂などの大気降下物量が年々増加しており、そこに含まれる栄養塩類や有害物質による陸域や水域への直接的な影響が懸念されている。 大気降下物の物質組成および起源を知るためには、直接、大気降下物質を採集する必要がある。しかし、その採集装置は非常に高価であり、移動させることが難しい。そのため、特に採集装置の設置が難しい森林生態系において簡易的に大気降下物質の評価を行える方法が求められている。本研究において私は、近畿、中国および北陸地域でコケ植物およびスギ葉のサンプリングを行い、それらのストロンチウムおよび鉛の安定同位体比を測定した。そしてその結果から、大気降下物の起源や降下量を推定することを試みた。その結果をGIS上でマッピングした結果、日本海側の地域ではスギの葉と比較して、コケ植物の値が黄砂の安定同位体比に近くなる傾向を示した。一般的に日本海側では大陸由来の黄砂の降下量が多いことは、様々な先行研究から報告されており、本データはそれらを裏付ける結果となった。しかし、同じ地域で採集したコケ植物でも安定同位体比に有意な差が生じるなど、結果にばらつきが生じることも散見された。つまり、コケ植物の安定同位体比を生物指標として用いる際は、採集地点の微環境や繰り返しの数など注意が必要であることも分かった。 また、本研究において、コケと同様に大気降下物を直接吸収し、栄養塩としている地衣類の硫黄同位体比を測定した。その結果から、海塩由来の栄養塩が森林生態系において、どの程度のスケールで供給されているか推定することに成功した。
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