研究課題
妊娠期の母体は胎児の成長に最適な状態を作り出すため、短期間の間に身体的および生理学的に劇的な変化を受ける。特に妊娠中期から後期にかけては、母体の脂質代謝は同化状態から異化状態への変化を特徴とし、脂肪蓄積や胎児成長などに伴う体重増加、ならびに血中脂質濃度の上昇といった肥満類似形質が出現する。成人の末梢血白血球を用いたEWAS研究では、脂質代謝関連遺伝子CPT1Aイントロン1およびSREBF1イントロン1のDNAメチル化レベルと、BMIや血中脂質濃度が関連することが報告されているが、妊娠期間の形質変化によって、これら遺伝子のDNAメチル化が変わるかは知られていない。そこで本学附属病院での前向き出生コホート研究において採取された妊娠中期および後期の母体血を用いてDNAメチル化レベルを測定し、妊娠中のBMIおよび血清LDL-C濃度との関連を調べたところ、これらの関連性は、妊娠中であっても成人EWAS解析で見られた所見と同様の傾向が認められたが、興味深いことに、SREBF1イントロン1におけるこれらの関連性は、妊娠期の脂質代謝の同化から異化への代謝シフトと同調するように、妊娠後期において弱まった。一方でCPT1Aイントロン1のDNAメチル化とBMIとの関連性は、妊娠後期に強まる傾向がみられた。この部位のDNAメチル化は、血球細胞の種類によって差があるため、本研究では細胞種特異的なマーカー遺伝子のDNAメチル化レベルから全血の白血球細胞組成を推定することを試みた。その結果、この関連性は妊娠中期から後期にかけてのリンパ球の割合の妊娠前BMI依存的変化によって仲介されていることが明らかとなった。以上のことから、妊娠期におけるこれら脂質代謝関連遺伝子のDNAメチル化の変化は、その対象者の代謝的変化および免疫学的変化を反映することがわかった。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、妊娠中の体重増加や血中脂質濃度上昇などの肥満形質の形成と、脂質代謝遺伝子のDNAメチル化との関連を明らかにし、妊娠期の脂質代謝関連遺伝子のDNAメチル化は、妊娠中の代謝変化あるいは妊娠前BMIに依存した白血球比率の変化に仲介されるという知見を得て、論文にまとめた。本母子コホート研究のリクルート状況については、最終的な解析対象人数を100-200名としていたが、本年度までに120名を超える対象者の同意を得ることができた。さまざまな事由により母体血の取得が困難な例も含まれるが、およそ100組の母児を解析対象として、生活環境要因や食事摂取状況などとともに、他の遺伝子のDNAメチル化との関連についても解析することが可能である。DNAメチル化解析については、他の候補遺伝子についても徐々に着手している状況である。さらに本研究では、従来の末梢血を用いたDNAメチル化解析において考慮されることが少なかった白血球比率の違いを調整した上で解析を行うために、細胞種特異的なマーカーを用いて、DNAメチル化レベルから細胞組成の推定を試み、その方法の妥当性も検証できている。これらの状況から、本研究はおおむね順調に進展していると判断した。
本年度で対象者のリクルートは予定通り完了したため、今後は健診情報、食事記録、メンタルヘルスや生活状況調査の結果を統合し、同一母児に対する妊娠期から出生後までの総合データベース作成を迅速に進める。またDNAメチル化解析をさらに進め、妊娠中のエピゲノムと母児の健康指標との関連を調べていく予定である。栄養代謝に関連する遺伝子の解析では、遺伝子多型の影響を考慮する必要性があるため、必要に応じて遺伝子多型のタイピングを進めていく。
DNAメチル化測定の進捗状況によって不足すると予想していた試薬等が、本年度分の研究を遂行する十分量が確保できたため、本年度の購入は行わずに来年度実施予定のジェノタイピング試薬等の購入に充てることとした。
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International Journal of Molecular Sciences
巻: 20 ページ: 1066~1066
10.3390/ijms20051066