バイオフィルムは環境微生物における生存戦略の一つであり、一度形成すると完全除去は難しく、その形成制御が必要とされる。食品衛生分野におけるバイオフィルムは、食品加工・調理施設における病原細菌の生存性を上昇させる点が課題とされている。本研究では、当該施設におけるバイオフィルム形成による食品汚染が問題視されるListeria monocytogenesを対象とし、バイオフィルム形成に関与する環境因子の探索と遺伝子発現プロファイルの構築を通じて、バイオフィルム形成基盤に関与する基礎的知見の集積とそれに伴う同表現形質の誘引機構の解明を行うことを目的とする。 前年度までの研究成果より、バイオフィルム形成は菌株間で多様性を示すことと共に、温度依存性挙動を示すことが明らかになり、特に低温環境下では当該形質が有意に減少し、それには付着性因子dltオペロンが関与しているであろうことを示した。本年度は、低温環境下における細胞表面の物理化学的性質の変化を調べるとして、5℃および37℃下で形成されたバイオフィルム形成細胞を用い、シトクロムc結合アッセイによる表面電荷およびMicrobial adhesion to solvents (MATS) analysisによる細胞表面疎水性の変化について比較検討した。その結果、表面電荷は5℃および37℃間で差異は認められなかったが、細胞表面疎水性については37℃下において溶媒親和性が有意に増加するのに対し、5℃下では差異が認められなかった。すなわち、低温環境下では細胞表面疎水性が低く、物質表面への付着性が弱いことが考えられ、これがバイオフィルム形成能の減少に関与している可能性が示唆された。
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