本研究の目的は素形材産業におけるモノづくりのデジタル化の調査研究を通じて、モノづくり基盤技術の競争力構築過程を明らかにすることであった。 鋳物産業の場合、注目すべき情報技術は鋳造CAE(湯流れシミュレーションおよび凝固シミュレーション)である。1990年代以降に開発され、普及し始めた鋳造CAEは、鋳物メーカーの中核的ノウハウである鋳造方案の設計を支援する目的で活用されている。 本年度は鋳造CAE活用の前史に当たる高度成長期の鋳造方案に関わる技術変化についての研究成果を発表した。高度成長期に進展した鋳造諸工程の機械化に伴い、鋳造方案設計における熟練工依存からの脱却が進展した。鋳物メーカーの鋳造方案は熟練工の個人的な経験に依存した「経験的方案」から鋳造工学的な知識や公式に依拠した「科学的方案」へと変化する。しかし,鋳物づくりの場合,鋳造工学の分野で定式化された各種公式にもとづけば、すぐさま生産現場での最適解が得られるわけではない。鋳物の材質,形状の特性,鋳込み姿勢,中子・主型の種類,鋳型の硬度,非量産・量産,生産設備の種類などの様々な要素や条件に合わせて鋳造方案の設計を調整する必要が生じるからである。このため鋳造方案の設計には鋳造諸条件の総合的かつ経済的な考慮が必要となり、個々の鋳物メーカーは自らの鋳造諸条件に合わせた総合的・経済的な方案設計ノウハウの蓄積が重要となる。こうした鋳造方案の設計ノウハウの蓄積は、鋳物メーカーの競争力を規定する要素として、その重要性が高度成長期から徐々に高まったと考えられる。
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