昨年度の数値実験及び解析から東シナ海南部の海面水温の低下が九州周辺のMoisture Flux(MF)の収束・発散場の形成に寄与することで、集中豪雨の強度に大きな違いが出ることがわかった。このMFの収束・発散場の決定に対する長江希釈水の影響をより詳細に調べるため、領域大気モデルの下部境界条件を長江からの淡水流入がある場合(標準実験)とない場合(無河実験)の海面水温としてモデルを駆動し、その結果の比較を行った(全72ケース。計算期間を延長した)。平成21年7月の中国・九州北部豪雨において、九州北部の降水量が最大となった7月24日の日積算降水量をそれぞれのケースで比較したところ、全平均値では、標準実験の方が無河実験よりも降水量が多くなる結果となった。これは、長江希釈水が東シナ海南部の海面水温低下に寄与することに起因する。 一方で、ケース毎に比較した場合、必ずしも標準実験の降水量が多いという訳ではなかった。この要因を調べるため、標準実験の方が無河実験よりも降水量が多くなる場合と、その反対のケースでそれぞれコンポジット平均を計算し、九州北部の降水量に寄与する物理量の比較を行った。海面水温は、どちらのケースにおいても陸棚中央部では長江希釈水の存在により標準実験の方が低く、熱放出も少なかった。しかしながら、前者では、陸棚中央部における熱放出が少ないにも関わらず、海面気圧が低下し大気の安定度の指標である相当温位(すなわち、不安定)も増大した。そして、この変化に起因して、海上風場が大きく変わり、MFの収束・発散場の決定に対して影響することで、降水量の増大に寄与した。一方後者は、下部境界と矛盾なく、陸棚中央部が高圧化し、相当温位も低下するため、降水量は減少した。つまり、長江希釈水は常に東シナ海中央部の海面水温低下に寄与するが、それが常に同じメカニズムで必ずしも降水量の増大につながる訳ではない。
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