研究課題/領域番号 |
17K13083
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研究機関 | 国立研究開発法人情報通信研究機構 |
研究代表者 |
中井 智也 国立研究開発法人情報通信研究機構, 脳情報通信融合研究センター脳情報通信融合研究室, 研究員 (60781250)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 言語 / 計算 / MRI / ワーキングメモリ / 磁気共鳴スペクトロスコピー |
研究実績の概要 |
申請者は、平成29年度に実施した言語・計算・ワーキングメモリ課題の機能的MRI実験データに基づく解析を平成30年度に続行した。被験者を30名の非右利き被験者と17名の右利き被験者に分けて解析を実施した。両方の被験者群において、言語課題と計算課題に共通して左右下前頭回(ブローカ野)に有意な神経活動がみられた。これらの活動はワーキングメモリ負荷を取り除いても観測された。 右利き被験者群に対し、左右下前頭回を中心とした機能的結合の様態を解析した。その結果、言語課題中に左下前頭回と左側頭葉との間に有意な機能的結合がみられ、また計算課題中に左下前頭回と右頭頂葉との間に有意な機能的結合があることを見出した。この結果は、左の下前頭回が言語と計算に共通した脳ネットワークのハブとして機能していることを示唆している。現在、この結果を論文にまとめ投稿中である。 非右利き被験者群において、言語と計算課題による脳活動パターンの左右側性化を検討した。脳の各領域において側性化指標を計算したところ、下前頭回を含むシルヴィウス溝を中心とした言語関連領域において、言語と計算に共通して脳活動パターンが側性化することが明らかになった。現在、この結果をまとめた論文を執筆中である。 申請者はさらに多次元イメージング技術の一環として、30名の被験者を対象として磁気共鳴スペクトロスコピーによる計測を実施し、聴覚野における神経伝達物質GABAの濃度を測定した。その結果、聴覚野におけるGABA濃度と、被験者の絶対音感能力が相関することが明らかになった。この結果をNeuroReport誌に投稿し、受理された。 実験参加者のパーソナルデータは、情報通信研究機構の規定に従い厳重に管理し、参加者のプライバシーを侵害するおそれのあることは一切行わないよう配慮した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請者は、申請者は平成30年度の実施計画として、申請者は磁気共鳴スペクトロスコピーを用いて非侵襲的に神経伝達物質含有量を測定する実験を実施する計画を立てていた。磁気共鳴スペクトロスコピーは多次元イメージング技術の一環として、機能的MRIと相補的な役割を果たすと考えられる。申請者は当初の計画に従い、ヒトの行動指標との関連が多く報告されているγ-アミノ酪酸(GABA)分子に注目し、GABAを測定できる手法であるMEGA-PRESS法を用いた(Mullins 2014)。30名の被験者を対象に聴覚野におけるGABA濃度を測定し、被験者の音楽能力と聴覚野のGABA濃度が相関することを報告し、NeuroReport誌に論文として発表した。 平成30年度において、申請者は当初の計画通りの言語・計算・ワーキングメモリという3種類の課題を用いた、47名の被験者群に関する機能的MRIデータを解析した。右利き群と非右利き群双方において、言語課題および計算課題とワーキングメモリ課題の差分と取ることにより、両半球の下前頭回に言語と計算課題共通した神経活動を見出した。右利き被験者群において、下前頭回を中心とする機能的結合解析を実施し、非右利き被験者群に対して、側性化指標に基づく言語と計算の半球優位性の共通性に関する解析を実施した。これらの結果は現在2種類の論文としてまとめており、健常群の言語・計算能力の脳基盤に関する研究は当初計画していた通りに進んでいる。 平成30年度はさらに言語と計算の脳活動における相互作用が下前頭回で生じることを発見し、論文としてScientific Reports誌に発表した。この結果は言語と計算に共通する神経基盤があることを示唆するものであり、現在実施している言語・計算・ワーキングメモリ課題の脳機能解析結果をさらに支持するものである。
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今後の研究の推進方策 |
申請者の今後の推進方策は、主に2点からなる。 1点目として、平成29・30年度に実験および解析を実施した言語・計算・ワーキングメモリ課題を用いた機能的MRIデータの解析結果をまとめ、論文として公表することである。本研究では、当初予定とは異なり、半球優位性に注目して被験者群を右利き群と非右利き群に分けることにより、下前頭回を中心として機能的結合と、側性化パターンに関する異なる側面を明らかにすることに成功した。今後は、これらの結果を2種類の論文として個別に出版する予定である。 2点目は、言語機能および計算機能と脳神経基盤の対応関係を、より詳細に明らかにすることである。平成29・30年度の研究においては、言語と計算の共通性を調査してきたが、言語機能には構造、意味、音韻といった多様な特徴量が含まれ、また計算には構造、数処理や演算処理など、異なる複数の特徴量が含まれており、これまでの機能的MRI実験ではそれら下位機能の詳細を明らかにしてこなかった。今後は、下前頭回を中心として言語・計算関連領域の脳機能の詳細を明らかにするための手段として、近年注目されているエンコーディングおよびデコーディングモデルを用いた定量モデルを取り入れる予定である(NIshimoto et al., 2011)。申請者はこれまで、音楽機能に関して音響特徴量を刺激から抽出することにより、音楽カテゴリーに関わる脳活動パターンを説明する定量モデルを構築することに成功しており(Nakai et al., IEEE SMC 2018)、本研究は言語・計算機能にその手法を適用するものである。申請者は実験に用いた言語・計算・ワーキングメモリ課題から特徴量を抽出することにより、平成30年度までに取得した機能的MRIデータの活動パターンを定量的にモデル化することを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
申請者は、平成29年度より所属が国立障害者リハビリテーションセンター研究所から国立研究開発法人情報通信研究機構・脳情報通信融合研究センターに変更となった。脳情報通信融合研究センターは本研究に必要となる解析用ワークステーションをすでに有していたため、平成29年度と同様に平成30年度においても、当初計画していたワーキングステーションの費用が必要となくなった。また、それに伴い刺激呈示用ソフトウェア(Presentation)、セキュリティソフトウェア(Norton)等に関しても購入の必要がなくなったため、結果として次年度使用額が生じた。 次年度使用額の翌年度使用計画に関して、申請者は平成29年度および30年度に実施した機能的MRIデータ解析において、被験者群を2つに分けた上で2種類の論文として結果をまとめている。そのため、平成31年度においては当初計画していたよりも英文校閲費、国内学会参加日、国際学会参加費および論文投稿料としてより多くの額を必要とすることとなった。申請者は当初翌年度分として請求していた助成金に加え、次年度使用額として生じた額を国内旅費、外国旅費、学会参加費、英文校閲費および論文投稿料として使用する予定である。
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