期間延長として取り組んだ2021年度においては、前年度までの検討を継続するとともに状況に応じた柔軟な計画と遂行が必要となった。その上で、結果的に年間を通して史資料調査は自粛することとなり、その点では十分な成果を上げることができなかった。しかし、渡邊昇(以下、昇とする)が制定した大日本武徳会日本剣術形が大日本帝国剣道形へと変更されるに至るまでの思想的背景について、深く検討することができた。つまり、幕末から近代日本の幕開けを担った人物たちにとって近代の制度や思想がどのように受け入れられていったのか、またそれが近代日本の国家的変動のなかでどのような位置づけを持っていたのかという視点で、昇の生きた時代と剣術をみようとすることである。幕末から近代を生き抜いた昇のような人物は各界に多数いたとみられるが、彼らの動向や思想的転向を見定めることによって、武道における剣術・剣道の新たな見方が可能となるという着想と研究方法上の方向性が明確になった。その意味では、表面的な研究成果には結びつけることができなかったものの、研究内容は深化したと捉えられ、今後の研究の進展への展望を持つことが十分にできたと考えられる。また、本研究課題の研究期間を全体を通して、当該時代の事象の統合的把握といった点において、成果を上げることができた。例えば、武道の中での剣術、近代武道の中における昇の位置づけその思想、日本文化の中の剣術、地域における剣術、スポーツと剣術などである。 以上のように本研究課題では、昇をめぐる剣術及びその思想状況については、十分な検討が進んだが、藤田東湖の検討に多くの課題を残すことになった。これについては、研究を進め、資料を吟味するなかで、時間をかけた十分な検討が必要であるという結果に到達した。よって、成果を蓄積していくことを今後の課題としていきたい。
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