2022年度は、コロナ禍によって長く渡航できなかったベトナムに再訪した。1週間の短期滞在であり、十分な調査ができたとは言い難いが、ベトナム―カンボジア国境で広域調査を実施した。国境地域は、コロナ禍以前と同様に往来可能であり、また宗教活動が活発に行われていることを観察・確認した。ベトナムはコロナ禍で厳しい人の移動や宗教活動の制限を実施したため、コロナ禍以前と状況が変化していると想定していたが、その予測ははずれた。調査とは別に、2022年度は本科研と関連する著作を2点発表した。メコンデルタの近現代と土地神をめぐる歴史語りを論じた「ミクロヒストリーを通じて考える対立の記憶――ベトナム南部メコンデルタ多民族混淆社会の経験と場をめぐる歴史語り」『ミクロヒストリーから読む越境の動態』、またベトナム全体を東南アジア大陸部全体のなかに位置づけた論稿、「ベトナムの多民族性」「メコンデルタの村落」『現代ベトナムを知るための63章』である。 研究期間全体としては、大きな成果を得られた。最も大きな成果として、自身の博士論文を基にしつつ本科研での調査を通じて大幅に加筆・修正をした単著『国家の「余白」――メコンデルタ 生き残りの社会史』(2021)である。同著は、多くの賞を受賞することができた。さらに、博士課程の段階ではメコンデルタのソクチャン省の一村落に焦点を当てていたが、本科研を通じてメコンデルタ、カンボジア、タイの河川流域・海岸地域において広域的な調査を実施したことで、東南アジア大陸部全体から自身の調査対象を位置づけることができるようになった。 コロナ禍という予想し得なかった事態に見舞われたものの、上述の理由により本科研では、多くの成果を得られたと確信している。
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