本年度も、基本的には前年度からの作業を継続し、第二次世界大戦中から戦後にかけてのスイスにおけるソーシャル・ツーリズム形成のプロセスについて、入手済みの史料をもとに研究を進めた。特に、スイス現代史の文脈での検討を進めた。具体的には、戦争の経過とともに政治・社会・経済的状況が変化していくなかで、観光の大衆化にともなう旅行支援の要請と観光業界の利害に折り合いをつけた、いわばスイス型のソーシャル・ツーリズムの性格が規定されていく過程を明らかにした。 あわせて、本研究課題に含まれている第二次世界大戦後の西ヨーロッパにおけるソーシャル・ツーリズムの比較史的検討に関しては、昨年度に続いて、国際関係史の観点からの研究に移行し、戦後の西側諸国におけるソーシャル・ツーリズムをめぐる国際協力の状況を解明することを試みてきた。本年度は、とくに第二次世界大戦後のアメリカ合衆国によるヨーロッパ復興支援策であるマーシャル・プランと、ヨーロッパの観光振興との関係を検討した。この点に関しては、年度末にスイス経済文書館を訪問し、スイスで刊行された同時代文献を閲覧・収集し、今後の研究に向けた糸口を探った。 研究期間を通じて、これまで評価の定まっていなかった、西ヨーロッパにおけるソーシャル・ツーリズム形成の具体像と歴史的意義を一定程度解明できたと考えている。おもな事例として取り上げたスイスでは、観光業界が主体となることで、商業ツーリズムとの共存が可能になった。比較史的検討を通じて、スイスの事例が、戦後一時期の隆盛に留まった西ドイツやフランスのソーシャル・ツーリズムとは対照的なものであることを明らかにできた。 以上の内容については、2022度末に刊行した著書『スイス観光業の近現代―大衆化をめぐる葛藤』(関西大学出版部、2023年2月)において公表している。
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