研究課題/領域番号 |
17K13327
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
新居 洋子 立教大学, 文学部, 特別研究員(日本学術振興会) (10757280)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 中国をめぐる知の世界的流通 / 18~20世紀 / 在華カトリック宣教師 |
研究実績の概要 |
本年度はとくに『メモワール』の流通状況の調査に重点を置いた。まず注力したのは『メモワール』のロシア語翻訳版の調査である。これは6巻からなり、フランス語原本の刊行後まもなく出版されている。18世紀のロシアを含むヨーロッパの知識人世界における『メモワール』の広がりを示す事例といえる。ただし翻訳の範囲は、現在まで確認できた限り原本のうち第1および2巻のみにとどまっており、実際に流通したのがどの程度の内容なのかについては今後の考証を要する。 さらに『メモワール』の流通範囲が日本の植民地統治下の満洲にも及んだことが、満鉄奉天図書館発行の『収書月報』の調査を通して明らかとなった。『収書月報』1936年2月号では、『メモワール』がパリから到着した旨の広告が出されており、こうした広告が出ること自体が異例であることから、館長の衛藤利夫がこの報告集の獲得を待望していたことがうかがえる。 また『メモワール』を含む18世紀在華イエズス会士による報告と、19世紀以降の世界における中国をめぐる知、もしくは中国学(Sinology)との関わりについても調査した。イギリス大使として清朝に派遣されたマカートニーと在華イエズス会士が交わした書簡のほか、19~20世紀ヨーロッパの学者が入手していた中国関係文献の調査を行ったほか、18世紀のフランス出身在華イエズス会士らの作成した中国地図が、間島問題など20世紀前半の日本が深く関わった領土問題の際にも引き合いに出されていたことなどについて、調査を行った。 以上の史料調査はおもに大英図書館、イギリス国立公文書館、北京第一歴史トウ案館、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター、東洋文庫、東京大学各図書館にて行った。 なお11月4日に洋学史学会で開かれた拙著(名古屋大学出版会、2017)の書評会では、洋学・蘭学の観点から『メモワール』の流通に関する貴重な指摘を得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究のおもな目的は、18世紀の在華イエズス会士による報告集『メモワール』の全体像およびその思想史上の意義を明らかにすることにある。この点からすれば、本年度は『メモワール』のロシア語への翻訳や、20世紀の満鉄図書館による『メモワール』の獲得という、思想史上の意義を確定する上で有力な手がかりをつかむことができたといえる。 また『メモワール』の全体像に関しても、その第1巻巻頭を飾った報告、すなわち中国人イエズス会士コーが、ヨーロッパ滞在から帰還したあとフランス出身在華イエズス会士シボの協力を得て著した「中国古代についてのエセー」(1776)の第一部について、検討結果を学術誌上に発表することができた。この報告は中国の歴史の古さをめぐってときに論争の過熱していたヨーロッパに対し、中国の歴史の起源を論じることの難しさ、中国古代の歴史に関して依拠すべき文献などの問題を提示し、新旧論争など当時のヨーロッパに出現していた新しい思想潮流にも絡めつつ論じている。 そもそも『メモワール』は、コーがフランス政府から中国をめぐる研究と報告の依頼を受けて中国に帰還したことをきっかけに編纂されており、巻頭を飾った『エセー』の内容も合わせてみれば、この報告集が宣教師の観察した中国というよりも、現地の人々の考え方をそのまま(実際には情報の取捨選択や翻訳は宣教師が担ったのだが)知らせるという目的があったと結論できる。こうして『メモワール』全体の方向性を確定することができた。 そのほか『メモワール』所収報告のなかでも、アミオによる『武経七書』フランス語訳は大部かつ後の時代まで含め広く読まれたが、その満洲語の底本と思われる版本の所在を確認することができた。これによって次年度に『武経七書』の分析を本格的に進めていくことができる。 以上の成果をもって、本年度の目的は十分に達成できたと判断した。
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今後の研究の推進方策 |
本年度までの史料調査の結果を踏まえ、次年度以降の研究については以下のような方策をたてている。 (1)史料調査の継続。満鉄図書館の獲得した『メモワール』の読まれ方やその後について、満鉄関連史料および衛藤利夫をはじめとする知識人の著作を中心に調査を進める。またこれに関連した出来事として、20世紀初めに内藤湖南が作成した「間島問題調査書」で、康熙帝に仕えた宣教師たちによる中国地図が参照に付されたことが挙げられる。この点についても詳しく調査を進めることによって、清朝に仕えた宣教師たちの著述が20世紀日本の学知にいかに関わったのかを総合的に議論する手がかりを探る。そして『メモワール』のロシア語翻訳の流通状況についても、この翻訳に言及した文献を中心に調査を行う。加えて中国に高い関心を持ち、清朝に使節を派遣した国としてイギリスのほか、日本との強い関係も維持していたオランダについても、『メモワール』などの在華宣教師発信の情報の受容について調査する。 (2)史料の分析。『メモワール』のロシア語版をフランス語原本と比較し、内容の取捨選択や表現の異同について明らかにする。また『メモワール』の目玉のひとつといえる『武経七書』のフランス語訳について、フランス国立図書館所蔵の満洲語版との比較検討を行う。 (3)研究交流と成果発表。2019年度は近世アジアでの外交と文化間交渉の専門家であるチューリッヒ大学のBirgit Tremml-Werner氏を講演者として招へいし、東京大学東洋文化研究所でセミナーを開催する計画を進めている。これは国内の関連分野の研究者を含めた交流、議論の場となるよう意図している。また2019年7月には台湾の中央研究院で開催される国際ワークショップ「西学与明清之際的文化変遷系列工作坊(一)」に招待されており、在華宣教師の思想史上の意義について、成果の報告および問題点に関する議論を行う。
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