本年度は、まず日本オランダ商館長をつとめたティツィングの手稿群を、そのマイクロフィルムを所蔵する武蔵大学図書館にて閲覧し、清代初期に中国に滞在したあとインドへ移住したイエズス会士ヴィドルーによる『元史』部分訳の手写と思われる紙片や、在華イエズス会士アミオが『メモワール』所収の報告で底本とした『歴代三元甲子編年』の引用がみられることが明らかとなった。そのほか、上海徐家匯蔵書楼の調査を通して、『メモワール』第1巻のドイツ語訳(1778)、アミオ『孔子伝』のロシア語訳(1790)など、在華イエズス会士が中国文献に依拠しつつフランス語で作成し『メモワール』に収録された様々な報告が、時差を置かずに多国語に翻訳されたことも分かった。 本年度はさらに、19~20世紀にフランス、ロシアの東洋学者によってなされた『東方見聞録』への注釈も分析し、17~18世紀在華イエズス会士による中国史書の翻訳が多く参照されたことを突き止めた。 以上の調査の成果を前年度までの成果と合わせると、次の2点が明らかになったといえる。(1)『メモワール』に掲載された報告は、フランスなどカトリック圏内のみならず、オランダやドイツ、ロシアでも広く流通し、現地語に翻訳されることもあった。(2)『メモワール』所収のものを含む在華イエズス会士の報告は19世紀以降も中国および周辺諸国に関する重要な情報源となり、20世紀日本でも強い関心を引き付けた。 また本年度は別欄所載の著作や口頭発表のほか、東京大学ヒューマニティーズセンターおよび国際総合日本学ネットワークとの協力で、チューリッヒ大学のビルギット・トレムル・ヴェルナー氏の講演会を開催した。「他者」の文化を学問的対象として取り扱うなかで生じ得る政治的、文化的問題について議論を深め、在華イエズス会士による中国研究の全体を批判的視座から捉え直す必要性を確認することができた。
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