本研究には大きく分けて次の二つの目的があった。第一に、近世西欧神秘主義の「信仰」論に光を当て、中世から近現代にかけての思想史上に位置づけて理解すること。第二に、近世神秘主義の信仰論と、現代宗教哲学における「信」論とを照らし合わせ、現代宗教思想としての神秘主義のラディカルな可能性を明らかにすることである。 全体的にみて、第一点については満足すべき研究成果をあげることができた。具体的には、中世から近世にかけて西欧の神秘主義言説に生じた質的変容を、「魂の根底」という重要概念の変遷を追うことで明らかにした。このことの意義は、とりわけ、本邦では中世の神秘思想(ドイツ神秘主義)に比べて研究の蓄積が少ない近世神秘主義の特徴を、中世と近世を橋渡しする思想史的観点から立体的に浮き彫りにしたという点で大きいといえる。また、カトリック神秘思想史上の代表的人物である16世紀スペインの修道士、十字架のヨハネの信仰論を焦点化し、それが近世神秘主義においていかに解釈されたかを研究することを通じて、近代以降の神秘主義理解からは見落とされた別様の理解の水脈を掬い上げることができた。 第二点については、最終年度に集中的に取り組んだセルトーの神秘主義論および「信」論(最終年度に研究発表1回を行い、一般向け書籍における解説記事および論文を刊行した)を主題として、いくつかの重要な論点を抽出することができた。しかし、バタイユやヴェイユも研究対象に含めた当初の計画に照らせば、得られた成果は限定的である。現代宗教思想としての神秘主義の可能性を歴史的に捉える補助線として信仰論の射程を示しえたことは本研究の大きな成果であるが、近現代(18~20世紀)における西欧神秘主義の思想史的展開については、本研究で足場を築いた17世紀末のキエティスム論争の再検討(最終年度に研究発表1回を行った)の上に、今後さらなる研究が要請される。
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