前年度までは国民党と共産党の諸人士により、孫文の五権憲法がどのように解釈・評価されたかを中心的に検討してきたが、孫文の存在がきわめて大きなものであるが故に、二つの党派に属さない人士によっても五権憲法に関する解釈・評価はなされていた。最終年度である今年度は、国民党・共産党のいずれとも距離を置く人士に着目し、五権憲法解釈・評価の多面性を描き出すことを試みた。 このような立場から議論を展開した人士は複数存在するが、そのなかでも政治学に深い造詣を有した張仏泉(1908~1994年)という人物の主張に着目した。張仏泉は燕京大学卒業後、ジョンズ・ホプキンス大学に留学して観念史の提唱で知られるアーサー・ラブジョイに師事、帰国後は北京大学政治学系で研究・教育に従事する傍ら、『大公報』(天津)、『国聞週報』、『独立評論』などに多くの政治評論を発表しており、言論人としても活躍した人物である。 張仏泉の五権憲法解釈・評価の特徴として、五権の分立のみならず三権の分立そのものを否定したことが挙げられる。張が憂慮したのは、行政権と立法権が隔絶して強固な権力が確立しないことであった。ただし、強固な権力が無軌道に行使されることを許容したのではまったくなく、議会による統制や人権の尊重という論点も張は重視していた。張は1930年代にこうした視点をつとに提示していたが、1949年以後の台湾でも言論人として活動を続けるなかで関連する議論を展開しており、戦後台湾における五権憲法解釈・評価を理解する上でも、彼の主張が検討に値することを確認できた。
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