最終年度は、これまでの研究に対して補足的な国内調査と資料収集を行いながら、全体の整理をすすめた。また11月にはサンフランシスコ・アジア美術館で宋末元初に活躍した牧谿に焦点をあてた講演を行った。 本研究は王朝交替期という特殊な時期において、前朝に忠義をとった宋遺民の画家に着目し絵画表現上の特色を明らかにすることを目的とした。とくに代表的画家と目される鄭思肖とキョウ(龍+共)開の作例を基点において作品調査を行い、比較作例を集めて検討した。両画家は色を賦さず、水墨のみを疎筆で用いる点で共通するものの、鄭思肖が文人余技の瀟洒な花卉画の範疇にある一方、キョウ(龍+共)開は黒々とした濃墨や渇筆を多用して奇怪な異形をあらわし、伝統的表現に一線を画した。彼らの画風が一家を成して画壇を席巻することは無かったが、王朝交代期に再浮上してくる点は、「遺民」という漢人文化のイデオロギーを象徴する記号として、とくに文人画家や知識人の鑑賞層のなかで機能していたことを確認できるものであった。また、元末明初よりも明末清初の遺民たちに親和性が高く、石濤や八大山人に代表される画家、やや時期を経て康雍乾三帝期に活躍した揚州八怪の作例中にモチーフとして継承され、一つの主題として発展していく様相を辿ることができた。本研究は2017年度より開始し、当初4年間での完了で計画していたが、2019年末からの世界的新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、海外調査を中心に計画を大きく変更せざるを得ず期間延長を重ねることになったため、必ずしも順調な進捗を得られない時期もあったが、かなり多くの作品調査や資料収集を進めることができ、課題に対して議論の方向性を定めることができたことに成果があったと考えている。
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