本研究ではまず、『太平記』における真言関係の書物(具体的には『高野大師行状図画』)が、従来指摘されていた箇所以外でも用いられていることを明らかにした(「『太平記』引用説話の典拠と文脈ー英訳『太平記』の注記を端緒としてー」『2018年度「研究科プロジェクト」成果報告書「日本文学を世界文学として読む」』2019年3月)。『太平記』と真言との関係を改めて提示するとともに、それらの引用手法が大きく異なっていることから、『太平記』における文献利用の方法の多様性を示すこともできたといえる。 またこれは付随的な成果ではあるが、本研究の着想のきっかけとなった天正本『太平記』の巻四、「呉越戦事」に見られる独自増補箇所に注目し、そこから『新編事文類聚』・『方輿勝覧』・『韻府群玉』といった、主に禅林で享受された文献からの影響を想定した(「天正本『太平記』巻四「呉越戦事」の増補傾向―姑蘇城・姑蘇台と西施の記述を端緒として―」『文学史研究』第58号、2018年3月))。 さらに、従来『平家物語』との関連や、その教義といった面から関心を向けられてきた『高野物語』の本文を分析した。該書のうち親王院本の奥書には、一心院僧自筆の書を書写した旨が記されており、一心院における文芸生成の実態について考える上で該書は好個の素材といえる。本研究での分析の結果、『高野物語』は他の同時代の歴史叙述とは異なる独自の歴史認識を示しており、それらは従来考えられてきた作者説とも合致するものであることを指摘した(「『高野物語』の歴史認識と作者説―北条泰時と醍醐天皇を中心に― 」(『大阪大谷国文』第50号、2020年3月))。
|