最終年度においては、2本の論文を執筆、公開した。そのうち、「「メトロポリス」(1949年)の位置―手塚治虫の初期作品における物語の変容―」(『東京成徳大学研究紀要―人文学部・応用心理学部―』26、2019年3月)では、戦後すぐの手塚治虫作品を検討し、時間の経過が意味を持つ形で物語が描かれるようになっていったことを示した。1948年の「地底国の怪人」では、戦前・戦中期の児童文化において一般的であった「少年」「お供の動物」「敵」のキャラクター配置を生かしながら、そのそれぞれに動機づけを行っていたが、1949年の「メトロポリス」は、このうちの「お供の動物」と「敵」とを一体化した形で敵役にあたる人造人間の少年キャラクターを造形し、そうすることで、時間経過に伴う彼の内面的な変化に焦点化するプロットが実現されたのである。戦前・戦中期の児童文化との連続性を念頭に置くことで、マンガ表現だけでなく物語そのものの変容を論じたところにこの研究の重要性がある。 内面的葛藤が強調される亜人間キャラクターは、その後の戦後日本マンガにおいても継続的に扱われていく。手塚直系のマンガ家といってよい石ノ森章太郎の作品に着目し、この点を論じたのが「石ノ森章太郎の作品におけるベトナム戦争―戦後児童マンガの変容を考える―」(『マンガ研究』25、2019年3月)である。石ノ森作品では、こうしたキャラクターと結びつける形で社会問題の作中への導入が図られ、所与のものとしての善対悪という枠組みの問い直しが試みられた。しかし、そうした方針は1970年代半ばには行き詰まり、社会問題に立ち向かうことの不可能性が主題化されるに至る。このように、戦後マンガにおける外部の現実の主題化を、物語構成やキャラクターの造形の問題と結びつけて論じる方向性を示しえた点は、本論文の大きな成果だといえる。
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