1)田山花袋周辺作家の外国文学書貸借をめぐる記述の整理:前年度より継続して、花袋とその周辺作家とのあいだに行われた外国文学書の貸借の実態について、調査・検討した。第一に、太田玉茗の詩論と花袋の描写論をハルトマン美学の受容を媒介として連続の相のもとに考察した学会発表を行い、別にその調査過程で発見した花袋の紀行文「君我日記」の資料紹介も行った。第二に、メレシコフスキイの評論『人および芸術家としてのトルストイ』の島崎藤村との貸借について、田山花袋記念文学館所蔵の花袋旧蔵英訳本の書き込みの調査に基づく論文1編を発表した。第三に、花袋のドストエフスキイ受容について、主に評論における言及を通時的に整理した、連続する論文2編を発表した。第四に、花袋の『アラビアン・ナイト』受容について、新出の翻訳稿本「小法官」の紹介を行った。 2)花袋訳『コサアク兵』をめぐる事例研究:花袋によるトルストイの翻訳『コサアク兵』について、上記文学館所蔵の底本英訳本と翻訳稿本を用いてその傾向を分析し、論文1編を発表した。 研究期間全体を通じて、田山花袋とその周辺に位置する文学者たちのあいだで、外国文学書がいかに流通し、受容されたのかを明らかにすることができた。世界規模での文学書の流通のあり方のマクロレベルでの把握を背景に、文学者の日常における書物の貸借というミクロレベルでの調査により、個別の作家研究だけでは見えなかった、文学場を介した集団的な外国文学受容の実態が解明された。本研究により、19-20世紀転換期における花袋・藤村・玉茗らの集団における外国文学受容の実態、とりわけトルストイ・ドストエフスキイ・メレシコフスキイといったロシア文学の受容について、実証的な研究成果を得ることができたと考える。
|